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気持ちは、すぐにすれ違う

 珍しく小夜香に誘われて、ショッピングモールに来ていた。そこで、葵と柏くんに会った。

「じゃ、行こっか」

 少しの、気まずさと、久しぶりに面と向かって会えたことに嬉しさを抱えて葵の顔を見ていたら、いつの間にか、四人で行動することになった。

「小夜香……」

「大丈夫、結月?」

 小夜香が気遣って私の顔を少し心配そうにのぞき込む。

「うん、まぁ、ちょっと気まずいけど……。葵はどう思ってるのかな」

 前を歩く葵の方に目を向ける。背中じゃ何考えてるかわからない。

「ね、柊さん。ちょっと、あっち見に行かない?」

 葵と何か話していた柏くんが振り向いてこっちにくる。

「え、あ、あぁー。い、良いわよ?」

 急な誘いに面食らった小夜香が戸惑って、一瞬こっちに目を向けたあと、どこかぎこちなく承諾した。こういう誘いに乗るのはちょっと違和感がある。どうしたんだろう。

「じゃあ、ごめん、借りてくね。葵なら貸すからさ。話があるならしてきなよ」

 そう言って、柏くんは小夜香を連れて行ってしまった。もしかして、二人で図ったのかな? 私に葵と会わせるために。いや、もしかしたら逆に葵に私と会わせるため?

 二人が行ってしまえば、自然と葵と二人になる。

 なんだか急に喉が渇いた気がした。葵に目を向けるのが怖い。

 何か言われるだろうか。なんで振ったのとか、何考えてるのとか。それとも黙ってどこかに行ってしまうだろうか。恐る恐る、葵の方を向く。

「どうする?」

 葵が聞いた。
 私の三歩先。葵は先に進むこともこっちにくることもなく。そこで止まって私を見ていた。この距離感は久しぶりだ。実際より、ずっと遠くにいるみたいに感じる。葵の背景だけがザワザワと騒がしく流れていった。
 
 葵の声音は優しいというよりは落ち着いた、心地良い声だった。どちらかと言えば、初めて会った時に近い気がする。それが懐かしくもあって、同時に失ったものを意識さるようで苦しかった。

「どうしよっか。私たちも見に行く?」

「うん、それでも良いけど」

 私は葵の色んな顔を知ってる。怒った時の目の開き方も、楽しい時の笑い方も、私を見る優しい目も。今の葵はどうなんだろう。色んな考えが、望みが、わがままが、頭を過って上手く確信できない。

 葵が小夜香たちが入って行った店の方へ足を向ける。

「あ、待ってゲーセン。遊びたい」

 ふと、浮かんできた言葉でその背中を呼び止める。葵が足を止めてこっちを向いた。

「……ちょっと離れることになるけど」

「うん、小夜香に連絡しておく」

「そっか」

 葵が向きを変えた。その後を付いていく。歩く速度はさっきより少し遅かった。追いついても良いんだろうか。隣に立ったら今よりずっと、気まずくならないだろうか。

 多分、私には話さなくちゃいけないことがある。そうしないと解決しないモヤモヤ。でも、話を切り出す勇気はなかった。両手を上着のポケットに突っ込んで歩く葵の姿を見ると、彼が作ってくれている、この平穏な空気を邪魔しちゃいけない気がした。

 後ろから葵の歩いてる姿を見るのは新鮮だった。せっかく葵が歩調を緩めてくれたのに、私はそれよりもずっと、とぼとぼと歩いていた。葵は、時々、こっちをチラッと見た。私は何だか気恥ずかしくて目を逸らしてしまった。

 ゲームセンターに着く。葵が足を止めた。

「……が……の」

 何か行ったみたいだけど周りがうるさくてわからない。少し近づいて聞き直した。

「なんて言った? ごめん、聞こえなかった」

「……どれがしたいのって言った」

「えっと、」

 どうしよう、なんとなくゲーセンって言ったけど何がしたいとか特に無かった。

「……取り敢えず見て周るか」

「うん」

 小夜香……。だめ、気まずいよ……。

「なんか、伊織がごめん」

 少し歩いたところで、葵が言った。

「え、いや、大丈夫。むしろ……」

 途中まで口にしてハッとする。むしろ何だ? 二人になれて嬉しいって? 振った私が? それとも、振ったのは私だからそっちのが気まずいんじゃないかって? バカげてる。葵と話せて浮かれてるんだ。私、調子に乗ってる。

 葵は続く言葉を待ってくれたけど、それが出てくることは無かった。

 バツが悪そうに、葵は頭をかいた。そうさせてしまったのが申し訳なくて何かないかと探す。

「あ、そうだ。クレーンゲームあれ。あれがしたい。あの」

「右奥のくまのぬいぐるみが欲しい、違う?」

 何とか今の気まずい状況を抜け出さそうと話題を逸らして向かったクレーンゲーム。そこで、葵は私のセリフを奪うみたいにそう言った。驚いて、葵の方を見る。

「……あってる……」

「やっぱり」

 そう言って、葵はクレーンゲームのガラスの中を見ながら、ふっと笑みをこぼした。

「あ、ごめん……」

 目を丸くして葵の横顔を見つめていた私に気づいて、葵が謝った。

「ううん、ちょっと驚いただけ」

「そう……」

 葵が俯く。また気まずくなりそうだったので私はお金を取り出して、クレーンゲームを始めた。


side 柳 葵


 本当に、伊織は厄介なことをしてくれた。気まずくて、しょうがない。でも、そういう思いをできるだけ表に出さないように振る舞う。

「なんか、伊織がごめん」

 結月も、あぁ、いや。橘も気まずいだろうと思って謝る。急に買い物に呼ばれたし、伊織のやつ、何か企んでたんじゃないだろうか。

「え、いや、大丈夫。むしろ……」

 橘はそう言って、黙り込んだ。待ってみても続きの言葉は出てこなかった。むしろ、なんだったんだろう。変な期待を持つのも嫌だし、考えないでおこう。

「あ、そうだ。クレーンゲームあれ。あれがしたい。あの」

 橘がそう言ってクレーンゲームに近づいていく。

 あぁ~、あれか。好きそう。

「右奥のくまのぬいぐるみが欲しい、違う?」

「……あってる……」

「やっぱり」

 好きそうだもんなぁ。前に見せてもらったぬいぐるみコレクションが浮かんで笑みが溢れる。
 反応がなくて気になったので、横を見ると橘が目を丸くしてこっちを見ていた。

「あ、ごめん……」

「ううん、ちょっと驚いただけ」

「そう……」

 そこで、やっと正気に戻る。そうだ、もう、付き合ってないんだった。てか、好きそうなぬいぐるみ当ててドヤ顔とかキモすぎる何やってんだ俺。

 橘がクレーンゲームを始める。それを俺は少し離れてみていた。

 この距離が良い。近いと、橘のことしか見えなくなるから。そのまま背景と同化してくれれば俺の心の平穏は保たれるのに。
 こうやって冷静になって見ても好きだなって思う。前とそれは変わらない。ただ、その姿が急に他人のものになったように感じた。

「難しい……。アーム弱すぎじゃない?」

 まぁ、そりゃ。お店側もポンポン取れるような設定にはしないだろう。
 六回目の挑戦ぐらいで橘がこっちを見る。

「ねぇ、葵?」

 まだ、下の名前で呼ぶんだ。いや、そういうもんなのかな。気にしてないのか。

「俺?」

「ちょっとやってみてよ」

「いいよ」

 そう言って五百円玉を入れる。チャンスは六回。

「取れると思う?」

「さぁ、分かんないけど」

 タグの位置は、ちょっと狙うの難しそうだな。取り敢えず、胴らへんを引き寄せるような感じで……。悪くない。一回狙ってみよう。全体を掴む感じじゃ、どうしても握力が弱くて落ちてしまう。最後に頭が残るようにしたらどうだろう。物理演算、物理演算っと。

「あ、惜しい」

「うん、惜しかった」

 もうちょっと調整してタグにアーム通すのが正解か。
 向きを調整、ズレたけど、大丈夫。タグの穴に通るようにボタンを押す。

「うーん、ダメか」

「でも、なんかいけそうだったよ。私、側面いこっか?」

 え、いや、正直要らないけど。まぁ、いいか。

「うん」

「分かった」

 頷いて、側面に行く橘。奥行きがいい感じかみてくれるのかな。欲しいんだな、このくま。こうやって何かをしている間は少し気まずさを忘れられるから、ゲーセンという選択は正解だったかもしれない。

 オーライオーライと言いながら、手招きのような仕草をするのが視界の端に映る。何がAll rightなんだろう。

「あ、取れた」

 アームが上手く引っかかって良かった。

 取り出して、橘に渡す。

「……ありがと」

 そう言って小さく笑う。何この生き物まじ可愛いんですけど。

「いや、俺、要らないし。クレーンゲーム出来て満足だからさ」

「何それ」

 そう言って笑う橘。

「前にも言わなかったっけ。クレーンゲームは取れた時が、嬉しさの最大値だって」

「うん、言ってた。分かるけど、最大値じゃなくても、嬉しいもんは嬉しいけどね」

 そう言って、くまのぬいぐるみを見つめる。

 それって、どういう意味? ってまだ、付き合ってたら言っていたかもしれない。
 久しぶり、いや、少しぶりなんだろうけど。こうやって橘と話せて、正直嬉しかった。それは偽れない。でも、この気まずさと、胸の痛さも誤魔化せなかった。一歩引いていないといけない、好きな人の前で、普通のフリをしないといけない。それは少しばかりキツかった。一度は受け入れられただけ、余計に。

「ねぇ、葵」

 初めは毎回心臓が飛び上がりそうだった名前呼びも最近はだいぶ慣れていたんだけど、今日はそうもいかなかった。バカな期待が頭に浮かんできて、鼓動のリズムを速める。

「何?」

 平静を装って聞く。

「私達さ」

 うるさい、頭の中の期待する声も、心臓も。

「友達に戻れないかな」
 
 …………。そりゃ、そうか……。鼓動の音が少しずつ戻っていく。今度は逆にそのまま血の気まで引いていきそうだった。
 友達、友達かぁ。そうか、そうだよなぁ。恥ずかしくてさっきまでの期待を心の中で言うこともできない。文句も言えない。

 大丈夫。優しい気持ちで、優しい声音で、優しい顔で。できる、いつもやっていたから、何よりこの人の前で俺は、カッコつけてしまうから。

「うん、戻れたら嬉しい」

 ほら、好きな人の喜ぶ顔が見れたぞ。良いだろ? これで。上手くやってるよ。

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