3.荷造りは不可思議とともに
父の書斎から戻ると、さっそく侍女のメアリーに荷造りを命じた。
「というわけで、武芸大会に出ることになったから荷造りお願いね」
「かしこまりました」
一礼するメアリーを横目に、所定の位置に置いてある剣を手に取った。
細身で剣にしては軽い。だがこれが私の限度。これ以上、重くきたら私が思うように振れなくなる。
「オーレリア様」
「なに?」
「失礼ながらオーレリア様がお持ちの衣装や装飾品といったものほとんどがデザインが古く、質も悪くなっております。奥様に新しいものをご用意してもらった方がよろしいかと」
「必要ないでしょ。舞踏会に行く訳じゃないんだし」
「いいえ。武芸大会だけが行われるとは思えません。舞踏会ほど豪華なものでなくても、高貴な方々が集う食事会等はあるのではないでしょうか?」
「あぁ〜…確かに。時代遅れなドレスとか着ていったら悪目立ちしそうだな…」
私は手に持っていた剣を元の位置に戻した。
「わかった。お母様に頼んでくる。あなたは引き続き荷造りよろしく」
いつ見ても隙のないお辞儀をするメアリーを残し、私は部屋を出た。向かうは母の自室だ。
母は自室で優雅にお茶を飲んでいた。私の入室と共に、飲みかけのティーカップを置くと向かいに座るように促した。
「という訳で新しいドレスと装飾品が欲しいのですが」
「安心しなさい。すでに用意してあります」
母の言葉に内心、舌を巻いた。恐らく父が私に伝える前にすでに話し合っていたとはいえ、用意がいい。
「ありがとうございます。さすがはお母様です!」
「おべっかは結構です。あなたに粗末な服を着せて恥をかくのはあなただけではないのですから」
淡々とした物言いで告げた後、母は近くにいた侍女に目配せした。侍女は浅く頭を下げたあとに、部屋の奥へと消えた。
「なに? どうしたの?」
「少し待っていなさい」
しばらくすると侍女が細長い箱のようなものを手に戻ってきた。
「新しいドレスですよ」
母は侍女から受け取った箱をテーブルに置き、そっと開けた。中には濃い青と金の刺繍が施されたドレスが入っていた。派手さはないが、どことなく品があるデザインだ。
「お母様…これ結構、高価なドレスなんじゃないですか?」
「当たり前です。公爵家に滞在する間の一張羅ですよ。半端なものを用意する訳がありません」
「だとしても…」|
「いいからこのドレスを持っていきなさい。いいですね。部屋着も新調したのでそちらも持っていきなさい。必ず一度、持って行く全ての服に目を通しておきなさい。どの服をどの場面で着るかわからないのなら、私かマーサに聞きなさい」
「…はい」
マーサというのは長年我が家で働いてる侍女長のことで、母に負けず劣らず口煩く厳しい人だ。
「そうそうそれから…」
「お母様! 申し訳ないのですが、これから師匠《せんせい》のところへ行かなくてはいけないので失礼します!」
長い小言が始まる気配を察知し、私は慌てて母の部屋から退出した。
当初の予定にはなかったが、母に言った手前とちょっとした愚痴を零しにホレイシオ師匠のいる修練所へ向かった。
「失礼します」
「なんだ、オーレリア。鍛錬に来たのか?」
師匠は修練所の真ん中で座っていた。瞑想、というものらしい。
「いえ、違います」
私は師匠の前に座った。
「場所を変えようか。伯爵令嬢を地べたに座らせたなんて奥方とマーサ殿に知られたら私が怒られる」
「長居はしないので安心してください。今日は伝えたいことがあって来ました」
私は師匠に公爵家で行われる武芸大会に参加すること、優勝したら家のことに縛られず自由に生きていいことを話した。
「というわけなんです!」
「…ふむ」
話を聞き終えた師匠は難しい顔をして黙り込んだ。
「師匠? どうかしましたか? 弟子が独り立ちできそうなのに喜んではくれないんですか?」
「まぁね。正直、私にはあまりいい提案に思えなくてな」
「そんな! どうしてですか!?」
師匠は眉毛を八の字にして、困ったような顔をして顎をかいた。
「いいかオーレリア。旦那様の言う『人生に口出ししない』とは絶縁に近い扱いなんだ」
「絶縁?」
思ってもみなかった言葉が出てきて、驚きのあまり大きな声を出した。
「本来、貴族の令嬢が婚姻以外で生家を出ることは稀だ。もちろん、仕方のない理由から家を出ることもあるが…大体は生家にいられると困るという理由から家を出される」
「じゃあ私が武芸大会で優勝することは、フィリアス家にとって良くないことだと言いたいんですか?」
「良くないことというか…武芸大会で優勝できるほど強いのなら、一人でもなんとか生きていけるだろうと思ったんだろう。だがそれにしても…旦那様も奥方もずいぶんと遠回りな…」
「あの…すみません、師匠。話が見えないのですが…」
何故だか一人で納得している師匠に声をかけた。
「いやなに。お前の両親は厳しいだけでなく、存外、娘に甘いところがあるのだと思っただけだよ」
「そうは思えないですが…」
「旦那様がその気になれば、お前の意思など聞かずにお前をどこかの貴族と結婚させることだってできた。それをしなかったのは旦那様の愛情だよ」
「愛情…?」
「そうだ。いつかお前にもわかるときがくる」
そう言って笑う師匠を、私は理解できなかった。