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第1話 閉所戦闘のプロを相手に

「西園寺の反応が……消えた?やられたのか?いつもの事ながら早すぎるぞ」 

 東和陸軍の室内戦演習場のバリケードの影に二人の人影があった。第一小隊長のカウラ・ベルガー大尉が苦々し気にそうつぶやくのが第一小隊のシュツルム・パンツァー三番機担当である部下の神前(しんぜん)誠曹長にも聞こえた。

 そこでは二ヶ月に一度の閉所戦闘訓練の仕上げである遼州司法局実働部隊の隊長、嵯峨惟基(さがこれもと)特務大佐を相手にしての模擬戦が繰り広げられていた。手にした模擬銃を抱えて誠はじっと薄暗い通路を眺めていた。

『相手は一人……しかも銃を持っているわけじゃない。勝てて当然の戦いなのに……なんで毎回勝てないんだ?あの人は何者なんだ?何を考えているのか分からないのは前から分かってたけど、あんなに強いなんて聞いてないぞ』 

 誠も分かっていた。普通ならばこの状況で負けること自体がありえない状況であることを。

 嵯峨はこの訓練にはピコピコハンマー以外持ち込むことは無かった。今日は第二小隊が誠達の前にこの同じ訓練場で嵯峨と対峙したが、3分と持たずに全員が背中にピコピコハンマーの一撃を受けて壊滅と言う結果になっていた。

 第二小隊も隊長の日野かえで少佐は優れた指揮官であり法術師である。副官の渡辺リン大尉も少年兵上がりで実戦慣れしたアン・ナン・パク軍曹も銃の扱いに慣れたベテランで決して素人ではない。それをまるで子ども扱いするように嵯峨はあっさりと仕留めて見せた。

 閉所戦の場合、誠達『法術師』は『テリトリー』と言う能力で敵を察知することが出来た。敵の思考に反応する超感覚のおかげで、普通の人間が相手であれば先制攻撃を仕掛けることが出来た。

 かつて、アメリカ軍に捕らえられ実験動物として法術師の能力のほとんどを失っている嵯峨にそんな『テリトリー』を展開できる法術師相手にほとんど勝機は無いはずだった。しかし、現状はそうなってはいなかった。事実、法術師である第二小隊の小隊長である日野かえで少佐もアン・ナン・パク軍曹も『テリトリー』を展開できる法術師ながら、嵯峨の位置を特定することさえできずにピコピコハンマーの餌食になっていった。

『本当に隊長は法術師の能力を失っているのか?あの人の言うことは信用できないからな……でも隊長が法術師としての能力のほとんどを失っていると言うことは法術の専門家のひよこちゃんが言ってたことだから……ひよこちゃんを騙して隊長がわざと自分の能力を知らせないようにしているのか?あの人はやりかねない。なんと言ってもこの僕を嵌めてこの『特殊な部隊』に引き込んだくらいの人だ』

 嘘しかつかない『駄目人間』である嵯峨の言葉を正直に信じた自分の愚かさを誠は嘆いた。それと同時に嵯峨の法術師としての能力の欠陥を指摘して見せた部隊の看護師兼法術調整師である神前(しんぜん)ひよこ軍曹の言葉に嘘があったと言うことは誠は信じたくなかった。騙したとすればすべて嵯峨がやったこと。嵯峨にはその前科が山ほどあるのでそれは理解できた。

 しかし、そんな騙す騙されると嘆いてみたところで現状は変わらない。とりあえず、普通にテリトリーは使えないことを前提にしてカウラと付かず離れず現状を打破する方策を考えるしかない。誠に言えることはそれだけだった。

「神前。やはり貴様の『テリトリー』では敵の位置はやはり分からないのか?」

 カウラの不安そうな声が響いた。誠も同様に不安だった。

 狭い空間ならば、銃の射程距離とピコピコハンマーの伸びる嵯峨の腕に大した差は無かった。

 誠達は完全に嵯峨の術中に嵌っていた。

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