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たかが予言、されど予言

 ロンドンから離れて、地方のマナーハウスへ戻ってきた。
 これでまたしばらく、ロンドンにいるジャックとは気軽に会えなくなってしまう。いつものことだ。

 父とリチャードは執事とともに狩猟に出かけている。これも上流階級の嗜みとされているのだが、僕はあまり好きじゃない。
 この狩猟も、社交の手段だし、そして何より、兄の気に障るような真似はしたくない。

 占ってもらってから10日間、ずっとリチャードと話そうとした。だが、どうしても足がすくむ。

 何も背負っていない僕が分かった気になって話したところで、兄弟関係がさらに悪化するんじゃないか。

 そう考えたら何も行動することができなかった。

 『AMを2回ひねったやつ』という謎についても、正直お手上げだ。
 例えば1回目のひねりはMA、2回目のひねりはWVという強引なことを考えたが、WVというイニシャルには心当たりがない。

 あの2人の驚くべき結果を聞いていたとしても、ただの占いとして笑い飛ばしたい。
 だが心に引っかかるものがある。

 僕は描きかけのキャンバスが乗ったイーゼルを離れて、かつて自分が描いた他の作品を見た。
 僕はアーサー王物語が好きだしよく描いているが、その他の文学や神話、聖書を題材としたものも同様だ。

 例えば、シェイクスピア『マクベス』。
 魔女の予言を実現すべく王を殺したが、別の予言に振り回されて暴政を敷いた結果、予言の通りに破滅する。
 僕は『マクベス』のラストを描いた《マクベスとマクダフ》を見つめる。「女から産み落とされた者には殺されない」という予言を聞いて「そんな人間はいない」と安堵していたマクベスだったが、帝王切開で生まれたマクダフに倒される。

 その隣に置いてあるキャンバスに描かれているのは、『いばら姫』が眠る場面。
 誕生の祝宴に招待されなかった魔女に「15歳の誕生日に糸車の|錘《つむ》に指を刺して死ぬ」という呪いをかけられた。「指を刺して眠る」に変えられたが、国中の糸車を燃やしてもその予言は当たった。

 物語では、予言は必ず当たる。運命を自分の手で切り開くことなど、ほとんどない。
 そんな物語を絵に描いてきた僕とジャックには分かるのだ、一度された予言は無視できないと。

 絵を眺めていると、外で馬の声がした。狩猟に行った父たちが帰ってきたのだろう。

 さて、描きかけのキャンバスの前に戻って作業を続けよう。

 そう思った時、部屋のドアがノックされ、ジョージが呼びかけてきた。

「アルバート様」

「なんだ。入ってくれ」

 ドアを開けてジョージが入ってきた。すぐにドアを閉めると、僕に報告してきた。

「お客様がいらっしゃいました」

「さっきの馬はお父様たちのではないの?」

「旦那様方のお帰りと同時においでになりました」

「お父様のお客じゃないの?」

「ジャック様とエミリー、そしてレディ・レイヴンです」

 僕を悩ませる種が、このマナーハウスまで来たのか。というか、そもそもジャックとエミリーも一緒に来たとはどういうことだ。

「何やら込み入ったお話があるようで、すぐに応接室へ」

「……分かった」

 レディ・レイヴン、会いたくない人物だがジャックたちも来ているなら無下にできない。そう思いながら応接室に向かうとジャックたちがいた。

「よう、アル」

 ジャックの声が少し沈んだ調子に聞こえる。空元気に振舞っているようにも見える。
 隣に座っているエミリーは逆に、初めて会った時よりも姿勢が堂々としている。

「ジャック、エミリー。これはどういうこと」

「私から説明する」

 エミリーの隣に座っているレディ・レイヴンは、また黒いドレスを着ていた。
 彼女が噂の占い師だと知らない者たちからは未亡人とでも思われていそうだ。

「レディ・レイ――」

「エレノア・サリヴァンだ。レディ・レイヴンと呼び続けるのはもうやめてくれない?」

 やめてくれない? って……。その通称しか知らなかったから仕方ないだろう。

「……ではレディ・サリヴァン、何のご用でしょう?」

「お前だったな、『屋敷はどこか』と問うたのは。その答えを教えに来たのだ、エミリーにも答えるついでに」

「ではなぜ、ジャックも一緒にいるのです」

「後で本人から聞くといい」

 ジャックは僕から顔を背けた。

 それにしても、あのパブにいた時はそれなりに丁寧な口調で話していたが、今は随分と自信に満ちあふれた話し方だ。
 他人の年齢を推量するのは失礼だが、僕とは同い年に見えるのにまるで王族のような振る舞いをするし、その態度に相応しい気品もある。

「お前たちを我が屋敷に案内しよう。そして、そこからアヴァロンへ向かう」

「…………アヴァロン?」

「もちろん、必ず生きて帰す。安心して」

 屋敷はまだしも、アヴァロンへ行く? どうしてアヴァロンへの道を彼女が知っているんだ。
 人間は知り得ないはずなのに、……もしかして人間ではないのか?

「お待ちください」

 ずっと僕の後ろに控えていたジョージが、思案を巡らせていた僕を引き戻した。

「アルバート様にしばらくご家族と離れろと言うのですか」

「何か問題でも? 兄君と話し合った様子もないし、しばらく屋敷を留守にしてもいいだろう」

「……なっ! ……あなたに何が――」

「ジョージ。いい」

 熱くなりすぎているジョージを一旦抑える。
 騒ぎを聞きつけて事情を知らない者たちに乱入されてはもっとややこしくなってしまう。それは避けたい。

「……レディ・サリヴァン。僕がその旅に着いていかなくても、そこの2人を連れていくのですか」

「ああ。少なくともエミリーの問いには答えを出す」

 なるほど。ジャックはエミリーをエレノアと2人きりで送り出すことを躊躇ったというわけか。
 彼女の屋敷を訊いたのは僕だし、3人に着いていく義理はある、か。

「坊ちゃん」

 ジョージの呼びかけを無視して、僕は考えている。ここにいる人たちにとって、最適な立ち回りは何かを。

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