バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

【011:ロックじゃねえか】

「まだホームレスだったのかよ。ロックじゃねえか」
金髪にピアス。キレイなハイカラ姉さんに付いてもらいながら美味しい食事ができる。
盲点だっと悔いた。今までは女の子目当てにガールズバーやキャバクラがほとんどだったのに、こんなサービスがあるならもっと早くしみんに来るべきだと思った。
そんな超高級スナック顔負けのサービス提供に幸福感で包まれる。
「結構釣れたな。魚って本当に釣れるんだな。ロックじゃねえか」
「今日はボクの師である少年達が魚を分けてくれたんだ」
「心意気のあるガキだなおい。ロックじゃねえか」
「……」
うーん。
「ねえ、その語尾は流石に……」
「……」
少し考えてから、こちらを向く。
「ダメ出しかよ。ロックじゃねえか」
「ところでキミの緩いギターはロックじゃなくてR&BかSkaと呼ばれる類じゃないのかな?」
「……」
じっと考え、
「じゃあロックじゃねえな」
芸術とは何か。ロックとは何か。なるほど、奥が深い。
「そういえばハイカラ姉さんは名前はなんて言うの?」
「ノイズ・ヴァンパイア☆シェリーTANAKA」
「田中さんだね」
「たいしょー! 1名様お会計ー!」
ノイズ・ヴァンパイア☆シェリーはご機嫌斜めらしい。
「ファーストネームが知りたいな」
「ゆかりだ」
「おや」
ド金髪で耳に穴を開けまくっている容姿からは想像できない和風で良い名前だ。
「ボクは色助。よろしく」
「いろすけ? は? マジかよ」
「ん、知っているのかな?」
「知るわけねーだろ。その名前は流石に……」
「あー……いや、悪い」
確かに色助は少し変わっているかもしれない。
ノイズ・ヴァンパイア☆シェリーTANAKAさんの言う事も一理ある。
「いや……悪い、うん。今のはあたしが悪かった。ごめん」
ゆかりさんは良い子だなあ。
「んんっ! 喉が乾いたなー」
「へいへい。サービスさせて頂きますよっと」
「後で演奏もお願いしよう」
「そいつは高いぜ!」
実際彼女の演奏に見合ったお捻りを支払えていないのは心苦しい。
4組ぐらい入っているが、もう料理の提供を店内は終えある程度落ち着いていた。
カウンター席はボクだけで、少し視線を感じるが振り返らない選択を取った。
「ほいビール」
そう言って差し出したのはビールと、封筒。
「ラブレターかな?」
「ばーか」
先日は別の場所で取りそこねた封筒。中を空ける前に手に持ってわかった。
お金だ。
「前回のお釣りだよ」
「それはキミの演奏に対する対価だ。取っておいてくれ」
「ははは! 無一文のホームレスなら自分の心配しろっての」
「……?」
よくわからなかった。
いや、自分の心配しろと言うのはそれはそうなのだろうが……
「キミはお金が欲しくてアルバイトをしているんだと思ったが、違ったかい?」
「当たり前だろ。無給だったらこんな奴隷労働やるかよ」
「すいませーん。チェックでー!」
「あ、はーい! 会計今行きますー! とにかくそれは受け取らねえからな。後でな」
「……」
わからなかった。
茶色い封筒がポツリと置かれている。
何故これほどの演奏をしたのに対価を受け取らない?
等価交換の原則を拒絶される感覚に、興味が生まれた。

客が帰った後、なんとなく片付けを手伝った。
独断ライブの待ち時間に手持ち無沙汰になったからだ。
ゆかりさんは少し荷物を受け取りに行くと外に出た。
「いい子ですね。彼女」
片付けを終えた大将に話しかける。
「ああ。色目使ってるっていうなら『水揚げ』してもいいぞ」
「あはは、そうじゃないけど、あ、でもでもじゃなくて、それはそれで口説くんですけどね」
水揚げという言葉はキャバクラやホステスなどのキャストが客と正式な恋人になる事を言う。
以前ボクがよく言っていたお店のボーイさんから教わった。知識は大事なあ。
「サクラマスとヤマメだったら高く買うぞ。釣れたら持ってきてくれ」
なるほど。サクラマスとヤマメか。
ボクは魚は素人なんでどんな魚か見当もつかないが、幸人君に言っておこう。
「マナー違反かな。彼女について少し聞いてもいいですか?」
ニヤリと大将は微笑む。
「偽乳だ。あれはパットでかさ増しした模造品だ」
「舐めるな――仮にもプライムアーティストであるこのボクは服の上からでもバストを特定できるよ」
その上で、だ。彼女の尊厳のために良い乳だと褒めなければならない。
大将もその意図を読みとったのだろう。作法がわかる男だと評価ポイントが上がった。
どうやら話をする資格を得たらしい。
「質問というより、大将さんから見た彼女の語りたい事を聞きたいかな」
「元気なアホ」
これは手厳しい。
「良い子だぞ。でもアホだからホストなんてハマったら破産するぞ」
「あー、うん。なんか凄いわかる」
思い込み激しそうだもんね。
「バンドハマってるようだが、一年持てば良い方だろ」
「おや、大将は彼女がやめてしまうと思っているんだね」
「好き事やる天才だぞアイツ。好きじゃなくなるんだ」
おや、と首を傾げる。それはどういう事だろうか。
「一流になる過程で、好きじゃない事ばっかに向き合うだろ」
なるほど。人生の先輩は言う事が違う。
「どうだ、キリリンビール」
「頂こう」
しかし、それにしても良い店だ。
この街は好きだな。

しおり