3.懊悩
俺は友達の発言を前に立ち尽くすことしかできなかった。友達には仮説を否定してほしかった。認められてしまった以上受け止めるしかないのだが、それでも受け止めたくはなかった。ずっと気になっていたことが分かったからそれでいいじゃないか。そう思うことにした。そうしないと今を繋ぎとめている何かが壊れてしまいそうだった。
「君、泣いてるだろ」
「泣いてない」
「僕には泣いてるように見える」
「嘘つけ」
「僕の透けた体じゃどうすることもできないから、君が落ち着くまで傍にいてあげる。せめてもの罪滅ぼしだと思ってくれ」
彼の言葉を聞いたとき、俺の隣から潮のにおいに混じって友達のにおいが香った気がした。俺の中で感情をせき止めていた何かが壊れ、川が氾濫したかのように胸の奥から熱いものがあふれてきた。全身の力が抜けてしまい俺はその場に崩れ落ちた。
友達はいわゆる死にたがりだった。慢性的な自殺者でほぼ死人と会話をしているようなものだった。しかし、俺にとってはそれが楽で、彼に気を遣うことなく話ができた。人間を心の底から信用できない俺にとって、彼が唯一の友達だった。
友達がいなくなる少し前、俺はこの砂浜で彼と夕日を眺めていた。もう秋は終わろうとしていて、かなり肌寒かったのを覚えている。その時、彼は零れるように「海になりたい」と言った。死にたがりの彼のことだ。それが何を意味しているのかはすぐに分かった。しかし、その時の俺は沈黙を貫いた。それは彼に対するせめてもの抵抗でもあったし、彼への友情や好意を隠すための照れ隠しのようなものでもあった。
だが、その選択が間違いだった。その一言は彼なりのSOSだったのかもしれない。彼は数日後に姿を消した。彼のことだから早かれ遅かれこうなるのだろうとは思っていたが、今回の場合は俺のせいも同然であった。俺があの時「死なないで」と言っていればこうはならなかったはずだ。自分の行いにも腹が立ったし、俺に何も言わずにいなくなった友達にも腹が立った。しかし怒りは何も生まず、そのあとはやるせなさに打ちひしがれるだけであった。
今日、砂浜で友達の声がしたときは正直泣きそうになるくらいほっとした。しかし、そこには彼の姿はなかった。「海になった」という嘘は彼なりの優しさだったのだろう。人間は信じたいものを信じる生き物だ。俺はその優しい嘘を信じるしかなかった。
友達は謝るでもなく慰めるでもなく俺が落ち着くまで無言でずっと傍にいた。実際に姿が見えるわけではないが、なんとなくそんな気がした。