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黒衣vs黒衣

手元から薬らしきものと包帯を取り出すと、まるで目が見えてるんじゃないかと思えるくらいの手際の良さでヴェールはチビを治療してくれた。
「やっぱりマシャンヴァルの血はすごいね、普通の人間ならすでに命を落としてるくらいの傷なのに、もうほとんどふさがってる」
言われてそうだと気がついた。チビの血は半分はマシャンヴァル、そして半分は敵国オコニドなんだよな……
「さすがゼルネー姫様の子だ」と、また感嘆。
このヴェールってやつ、マシャンヴァルに寝返っているというのに、なぜか憎めないんだよな。まあルースの色違いなせいもあるかも知れないが。
「すまない……借りを作っちまったな」
「そんなこと考えないでいいよ、すぐに返してもらうから」

え……? 一体どういうことだ?
ヴェールは人獣相手に立ち回っているガーナザリウスをくいっと親指で差し、こう話した。
「さっきも言った通り、あのお方の復活には君の力が必要だ。そしてそれもあと一息。いまのままではまだ僕の命令しか聞かないデク人形みたいなものだしね」
まさか、俺にまた手伝えとか言うんじゃないだろうな?
ふふん、とヴェールの鼻息が弾む。
「今度は、あのお方と戦ってもらいたいんだ」
えええええええ!? と思わず変な声を上げそうになっちまったが、寸前で堪えきった。
別に戦うこと自体は一向にかまわねえが、もし俺があの何とかザリウスを倒してしまったらどーするんだ?
「ああ、その点に関しては君が心配する必要は全くないさ」
だって……と、一拍おき、ヴェールは頭に包帯を巻かれたチビを渡してくれた。

「君はその戦いで、必ず負けるから」
な、なんなんだこいつ……まだ戦ってもいない相手に必ず負かされるってどういう了見だ!?
思わず俺はこの黒いルースの胸倉を掴み上げそうになったが、チビの件もある。拳を握りしめてグッと我慢した。
「そしてその敗北こそが、ガーナザリウス様の自我の復活となるんだ」
ヴェールは続けた。そう、あのガーナザリウスは俺の何代もの前の爺さんのそのまた爺さん。要は手足の指じゃ数えきれないほど昔に死んで葬られた存在なんだそうだ。
だから「黒衣の始祖」と呼ばれている。
詳しい意味はよく分からねえが、いま生きている黒衣の俺と始祖が接触することにより、始祖は自我と記憶を取り戻すことができるんだとか。
しかしそうなってしまったらマジで困る。第一に奴らはマシャンヴァルの手下連中だ。ここで逃すわけには行かない。
俺にも成り行きで復活させてしまった責任がある。ヴェールは俺の敗北予告なんてことを抜かしやがったが、そうは行かねえ。

俺は勝つ、絶対にな。

と意気込んでる間に、黒衣の始祖は襲いかかってくる人獣の雑魚たちを次から次へと……うん、正直美学も何もない戦いっぷりだ。
壁に叩きつけ、踏みつけ、あるいは両手で図上に掲げ、人獣の小さな身体を思いきり引き裂き、そして……
降り注ぐ血を浴びたあいつは、あろうことかその骸をバリバリと貪り喰っていた。
幾千もの修羅場を見てきた俺でも、思わずウッと吐きそうになったくらいだ。
「分かるでしょ、自我の存在しない戦いは人間以下だということを」
「ああ、そうだな……」俺は地面に突き刺したままの斧を手に取り、ぎゅっと握りしめた。
「次のラウンドは君とだ。頑張って負けてきてね」
補足というのもアレだが、ヴェールは続けてあの時……湿原で化け物と戦った時の違和感のことに関しても説明をしてくれた。
「あの実験体もそうだけど、バラバラになった肉体っていうのは容易に固定するのは至難の業でね、仕方なくラウリスタの作ってくれた星鋼で繋ぎ止めておいたのさ。原理はよく分からないけど、おそらく君の純度の低い星鋼のラウリスタの斧は、磁気と意思の影響で反発しあっていたはず。だけどガーナザリウスは違う。存在する星鋼の中でもそれなりに純度の高いものを貼り付けたものさ」
「つまり、この斧でも奴を断てるというわけか?」

「そういうこと。まあ全てが無駄に終わるけどね」
ここにいるのがルースだったら地面に埋まるまで殴っていただろうな。けどいつかはそんな考えも稀有に終わるはずだ。

お前の首を取るか取れないか。まずは奴の……ガーナザリウスの首を取るまでだ。

って、あれ……チャチャはどこに消えた?

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