薬草採集
俺たちは馬車に乗ってセンセイ森林という場所に向かった。
今回のクエストは、薬草採集だ。
別にスライルたちはいつも薬草採集をしているわけではないのだが、最近はこのクエストが多いらしい。
何故かといえば、ランのせいだ。
まぁランだってたまたま見つけたってだけで悪意があったわけではないだろうけど。
例の隠しダンジョンが発見されたCランクダンジョン、あの場所がスライルたちの普段の仕事場らしい。
しかし隠しダンジョンが発見されたことであのダンジョン自体のランクも見直されることになって、このパーティーのランクじゃ入れなくなってしまったらしい。
でも多分これは一時的なものだ。
安全が確認されたら区分けされて『ここまではCランクでも入れる。ここからはB以上じゃないと入れない』みたいになると思う。
それまでこのパーティーは薬草採集などをすることになるだろうとのことだ。
「あ、モンスターですね。倒します」
ユブメは馬車の進行方向にモンスターを見つけると同時に魔法を放って倒した。
「おぉ。やっぱ魔法っていいな」
俺には使えないから羨ましい。
っていうかこの子、普通に強い。
この森に出てくるモンスターが弱いっていうのもあるだろうが、さっきからユブメは遭遇したモンスターをすべて一撃で屠ってる。
こんな実力ならもっと強いパーティーから勧誘もあっただろうに、なんでこのパーティーにいるのか不思議だ。
スライルもアクアミラもいい人であることには違いないが、本人たちが言ったように実力はない。
多くの冒険者にとっての最終的な目標は、実力をつけてより強いモンスターを狩って、いつか魔王を倒して英雄になることだと思う。
可能性に満ちた未来ある若者が自分の実力を存分に発揮できない場所にいつまでも居座り続けている状況というのは不可解だ。
向上心とか、そういう感じのものがないんだろうか。
まぁ俺もあんまりないけど。
というかそもそもユブメが冒険者を志した理由はなんなのだろう。
参考までに後で訊いてみるか。
たまにモンスターに遭遇したりしながらしばらく馬車に揺られ、目的地に到着した。
センセイ森林奥地のデカい池。
この周辺には多くの薬草が植生している。
今回のクエストはそれらの採集が目的だ。
ここに来るのは久しぶりだから、結構懐かしく感じる。
俺がガキの頃に孤児院を抜け出してダンジョンに忍び込んだりしていたのは前にも言ったと思うが、ダンジョンだけでなく、この場所にもよく来ていた。
町からそんなに離れていないし、ここの静かな雰囲気が好きなのだ。
水飲みに来る野生動物や、たまに薬草採集に冒険者がいるくらいで、基本的には一人になれる。
俺はよく木に登って、孤児院の図書室からパクった怪盗ものの小説を読んでいた。
改めて考えると、俺が窃盗行為にあんまり抵抗がないのは、その小説の主人公の怪盗があまりにも格好良くて、憧れてしまったからかもしれない。
名前は……なんだっけ。
怪盗シャッター? とかなんとか。
そんな感じだったと思う。
まぁそれはさておき、この場所はたまに散策もしていたし、周辺の地形などは頭に入っている。
迷ったりすることはないだろう。
馬車から降りたスライルがストレッチしながら言った。
「よし。着いたな。じゃあ仕事に取り掛かるか」
「何を採集すればいいんでしたっけ」
俺が訊くと、スライルはその場にしゃがみ、そこに生えていた花を引っこ抜いて俺に見せてきた。
藍色の花だった。
「エリーって名前の花なんだが、この花弁がポーションの原料になるんだ」
「へぇー。そうなんすね」
ポーションというのは、液状の魔法の薬みたいなやつのことだ。
俺には使えない。
製造工程で生物的マナが混ざるからだ。
もし使ってしまったらアレルギー反応が出る。
ユブメが追加の説明をしてくれた。
「花弁がハートの形をしているので、それを目印にして探してください」
「おっけー」
俺がさっそくエリーを探そうと地面に目を凝らし始めると、アクアミラがどこか不安そうに声をかけてきた。
「シラネ君」
「なんですか?」
「この時期にはあんまりいないかもしれないけど、エリーにはコルチメが寄ってくるんだ」
「コルチメ?」
アクアミラは神妙な面持ちで頷いた。
「赤い目の蜂のことだよ。気を付けてね」
「あー。この辺でよく見かけるアイツですか。分かりました。気を付けときます」
「うん。アイツは本当に危ないからね」
アクアミラは心底恐ろしそうに身震いした。
「ミラーさんはコルチメが苦手なんですか?」
俺が訊くと
「こいつは蜂が駄目なんだよ。子供の頃に刺されたらしくて、トラウマなんだとさ」
スライルが笑いながらアクアミラの背中を叩いた。
「あんなに小さな生き物を怖がってどうするんだよ」
スライルがからかうようにそう言うと、アクアミラはムッとした。
「君は刺されたことがないからそんなことが言えるのさ」
「俺はすべての生き物を愛しているし、すべての生き物に愛されてる。相思相愛だから刺されないんだよ」
「スライルさん、フラグを立てていると本当に刺されてしまいますよ。そんなことより早く仕事を始めましょう」
ユブメに冷静にそう言われ、スライルとアクアミラは照れ臭そうに頭を掻いた。
そんな感じで、俺たちは薬草採集に取り掛かり始めた。