第205話 逃げ場無き職場
「おい、どうするよ神前。アタシは覚悟は決まったが、まっすぐあの部屋に帰りたくないぞ。どこか寄るか?ハンガーでも寄って行かねえか?」
そう言ってかなめは明らかに不機嫌そうに上目遣いに誠を見つめてきた。その表情にはかなめがまだ迷っていることが見て取れた。
誠も困っていた。この部屋にかなめと二人っきり。その状況がいつかえでにバレるか分からない。自称『許婚』と自分を調教した絶対の存在であるお姉さまとの関係を変に疑われるのは後々問題になるのは良く分かった。
そしてもっと困ることはかえでがどういう反応をするか全く読めないことだった。嵯峨に似て考えていることが良く分からない。かなめが西園寺家と言う政治家一門の中で明らかに例外ではっきりと心が読める唯一の存在だと言うことが誠にも分かった。
「西園寺さん。今月の銃の訓練はどうでしょうか?大好きな銃を撃てばストレス解消になるんじゃないですか?」
とりあえず反応の分かりやすいかなめに大好きな銃の話をしてみた。
「今月はオメエが苦手なことは最初にやりましょうって言って、月頭に全弾消化済みだ。予算の関係上あれ以上弾を消費するわけにはいかねえな。菰田の野郎が何を言って来るか分からねえ……ってまた変な奴の事を思い出した!菰田の野郎!P23が操縦できるってできるだけじゃねえか!結局何の役にも立たなかったのにヒーローを気取りやがって……腹立って来た」
逃げ場としてとりあえず思いついた射場をあげてみたがかなめの答えは非情だった。そして八つ当たりされる菰田も大嫌いな先輩とはいえ哀れに感じられてきた。
「じゃあ、かなめさん、タバコを吸いに行きましょう。僕もお供します」
誠は次にかなめが好きなものを挙げてみた。酒はさすがにまずいがタバコなら波風は立たない。誠はそう考えた。
「喫煙所に行くまでに機動部隊の詰め所の前を通るな。当然かえでには見つかるな。そうなったらどうなるよ……まだアタシはそこまでの覚悟はできてねえ。すこしそれは待とう」
誠もかなめも詰んでいた。第二小隊の魔の手から逃れるすべなど二人には残されていなかった。
「もう、こうなりゃやけだ。まっすぐ戻るぞ。腹は決まったんだ、じたばたしてても仕方がねえ」
かなめはそう言うと立ち上がった。その時、コンピュータルームの扉が勝手に開いた。
「仕事だろ、手伝うぞ」
そう言っていかにも偶然を装うようにカウラは端末に腰掛けた。
「その仕事が終わったから困ってるんじゃねえか……小隊長だろ?少しは空気読めよ」
そうかなめは吐き捨てるようにつぶやいた。
「そうか、終わったのか。なら詰め所に帰るぞ。クバルカ中佐が貴様等が突然居なくなったのでご立腹だ」
カウラは非情にそう言うとかなめの襟首を掴んだ。
「何しやがんだ!」
「貴様の事だ、日野少佐を怖がって詰め所に行かない可能性がある」
カウラはそう言うとかなめの制服の襟を思い切り引っ張った。
「アタシも餓鬼じゃねえんだよ!わかったよ、行けばいいんだろ!行けば……」
かなめは渋々コンピュータルームを出て機動部隊の詰め所の入り口前に立った。誠も一蓮托生とばかりにその後ろに続く。
誠はいつまでこのどたばたが続くのか、そんなことを考えながらもモテ期が来た自分の境遇に頬が緩んでいるのを感じていた。
第二小隊の設立。それに慣れるのに少しだけ時間が欲しいと誠はそれだけを願っていた。
了