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第204話 押し付けられた下請け仕事

「法術特捜の下請けか……わかった!これでしばらくはここで時間が潰せる。そうすれば心の準備もできる。覚悟も決まる」 

 そう言うとかなめは隣の端末に腰掛けて首のスロットにコードを刺すと直接脳をデータとリンクさせた。硬直したままのかなめは目を閉じる。外部センサーの機能を低下させて事件のデータを次々と読み込んでいる様子がアメリアの前の画面でもわかった。

「かなめちゃんは単純でいいわね。これからはかえでちゃんをけしかければ何でも言うことを聞いてくれる。暴力馬鹿が大人しくなってかえでちゃんには感謝しかないわ。厄介なかなめちゃんの良い操縦法が増えて私としては万々歳だわ」 

 機動部隊と運航部。常に距離を取っていられる分だけアメリアは気楽だった。存在自体が18禁の第二小隊から常に目を背けていられることが出来る。かなめが作業をしている間、アメリアは立ち上がって彼女の後ろに立っていた誠に向き直った。

「誠ちゃんももうだいぶ部隊に慣れたわよね。まあ、目の前にあんな18禁3人衆が第二小隊の名目で配属されたのはご愁傷さまだけど。まあ、何事も前向きに考えて。プレイのバリエーションやキャラクターが増えたと思えば気楽なものよ」 

 アメリアは紺色の流れるような長い髪をひらめかせる。誠はそのいつもと違うアメリアの姿に惹きつけられていった。それと同時にその問題の第二小隊の全責任が自分に押し付けられるであろうことを想像して恐怖に震えた。

「ええ、皆さんのおかげでこれまでの環境には慣れてきました。でもそれは第二小隊設立前の話です。確かにあの三人おかしいですよ……性的な意味で。しかも全員狙ってるのは僕ですよ……アメリアさん、なんとかできませんか?」

 つい誠はアメリアに本音を話してしまった。人間拡声器の異名を持つアメリアにこのことを話したことにすぐ後悔する誠だが、一度吐かれた言葉はどうすることもできなかった。

「確かにねえ……でも、勤務中は大丈夫でしょ。かえでちゃんも甲武では『斬弾正(ざんだんじょう)』の名で知られた切れ者と仕事の上では評価されていたし、アン君も彼はどちらかと言うと消極的な方だから積極的に誠ちゃんにアプローチをかけてくるようなことも無さそうだし。後は誠ちゃん次第。すべては誠ちゃんのこれからの選択にかかっている。ドS調教師として快楽に身を任せるもよし、アン君とのいけないボーイズラブの世界に浸るもよし、面白そうじゃない」

 アメリアにとってはどう転んでも誠は三人の餌食になるのは確実で、その方が彼女としては面白いと考えているようだった。アメリアの人生のモットーは『面白ければすべてオッケー』である。こんな人に自分の身の振り方を相談しなければならない自分の不幸を誠は呪った。

「アメリアさん。完全に他人事だと思ってませんか?もしかしたらかえでさんはアメリアさんも狙ってくるかもしれませんよ。あの渡辺大尉だってラスト・バタリオンなんですから。かえでさんは人妻フェチの他に人造人間フェチの可能性だってあるじゃないですか。アメリアさんが次のターゲットになっても少しも不思議なことでは無いんですよ!その辺考えてます?」

 誠はなんとか誠やかなめだけでなく一人でも多くかえでの犠牲者を出したかった。死なば諸共。今の誠の考えはその言葉に尽きた。ただ、アメリアにこの言葉が通用しないことだけは最初からわかってはいた。

「それも悪くないかもしれないわね。結婚が難しいとなると、かえでちゃんと愛し合ってかえでちゃんとクローンのクローンを産む……強力な法術師で優秀な頭脳と肉体を持った娘を産めるんだもの。これからはかわいい娘を持ったシングルマザーとして生きるのも悪くないかも。それはそれで面白い人生かもね」

 誠は忘れていた。アメリアはどんな状況でも前向きに考えて楽しむことが出来る性格であることを。

「そんなアメリアさんの家族計画はどうでも良いんです!うちには潔癖症を超えて恋愛禁止ルールを作った張本人のクバルカ中佐が居るんですよ!あの人とかえでさんといつも一緒にいる!その状況をいつも見ていなければならない!この苦痛。分かります?」

 『一人前になるまで恋愛禁止』。ランが誠に課したのはその鉄の掟だった。当然それを破れば、死あるのみである。今のところは大人しくしているが、キレたら一番手に負えないランを相手に一日を過ごす誠にとって、これ以上の苦痛は無かった。

「そんなランちゃんみたいな子供が作ったルールなんて破っちゃえばいいじゃない!夫婦の愛を平気で破壊できるかえでちゃんならきっとそんなルール無視して誠ちゃんに迫ってくるかもよ?それにかえでちゃんと誠ちゃんは『許婚』じゃないの!二人は将来を約束された存在なのよ、そんな無粋な真似、粋を信条としているランちゃんがするわけが無いじゃない」

 自分がアメリアにおもちゃにされているのが腹が立ってきて、つい誠は隣の戸棚を叩いた。ああ言えばこう言う。その典型例を見せられて小心な誠にも怒りの感情が沸き上がってきていた。

「うっせえんだよ!テメエ等!アタシの仕事が終わるまで大人しくしてることもできねえのか?餓鬼か?テメエ等は!それにアタシはかえでが神前の『許婚』だと認めた訳じゃねえ!かえでの奴はアタシの言うことなら何でも聞く。そんなもんは破棄させる!決まってんだろ!」

 ここでかなめがキレた。しかし、サイボーグの身体は作業に適応するために微動だにしないので言葉だけでキレられても、誠ですらいつも感じる恐怖を感じることは無かった。

「かなめちゃん仕事終わった?早くしないと茜ちゃんが来ちゃうわよ。仕事には締め切りがあるの。頑張って!」

 キレたかなめの事など全く気にせずにアメリアはかなめの前にあるモニターに目をやった。

「終ったぞ。後は好きにしろ!アタシはようやく覚悟が決まった」

 かなめは先ほどと違ってすっきりした表情で首筋のジャックを外すとそう言って伸びをした。

「ふーん、最近の法術犯罪の件数って『近藤事件』以降逆に減ってるのね……ありがとう、かなめちゃん。これで茜ちゃんに顔が立つわ。それとさっきの約束忘れないでね。まあサイボーグの脳は忘れると言うことが無いから便利よね。期待してるわよ」

 アメリアはそれだけ言うとデータの入ったチップを手にコンピュータルームを出て行った。 

「西園寺さんは覚悟が決まったんですか?僕はまだ……」

 誠は弱気にそう言った。

「なんだよ。かえではアタシの言うことなら何でも聞く。アンもどうせテメエの言うことなら何でも聞くに違いねえ。ただ変わった後輩が増えたと考えればいいだけの事だ。簡単だろ?」

 すっきりした表情でかなめはそう言った。しかし、誠にはそこまで割り切れるかなめの神経が少し信用できなかった。

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