第146話 去り行く『廃帝ハド』
「『陛下』。まもなくこの付近には『ふさ』の先発隊が到着する予定のようです我々も退場するべき時間かと」
二人のやり取りを薄ら笑いを浮かべてみていた北川の言葉に『陛下』と呼ばれた長髪の男は振り返った。桐野がやり込められた様を楽しむような笑みが北川の顔には浮かんでいる。
「なら我々は消えるとしよう……楽しみが増えてうれしいよ、私は……。かつて私を封じた女の息子が私の前に立ちはだかる。とりあえずあの神前誠とか言う青年を血祭りにあげることで、気分をすっきりさせたい気持ちもあるが……私には『大望』がある。その時までその快感はお預けにしておこう」
『陛下』と呼ばれた男は誠の事を『かつて自分を封印した女の息子』と呼んだ。北川にはそれが初耳だった。
「それを知っていて……なぜあの神前誠を殺さなかったのですか?それに今、嵯峨惟基は甲武に居ます。恐らく陛下に匹敵する力を持つ『甲武の鬼姫』に助力を頼むようなことが有れば、後々面倒なことになるかと……」
北川にとってうわさに聞く嵯峨の義姉である西園寺康子が自分達の前に立ちはだかる状況は出来る限り避けたいものだった。
「ああ、彼女はおそらく甲武を離れることは無い。そもそも、『力ある者の世界』を作ると言う私の理想には賛同してくれそうだからね、彼女は。嵯峨君もそれを知っているだろう。この『廃帝ハド』の前に立ちはだかるに足る人物で自分に味方してくれるのは、彼の部下の『汗血馬の
自らを『廃帝ハド』と名乗った男は、孤立している嵯峨を憐れむような笑みを浮かべて北川を見つめた。
「さあ、見るべきものは見た。手柄はすべてあの憎い女の息子にくれてやろう。とりあえず邪魔者は消え去るとするかね」
静かにそう言った『廃帝ハド』の周囲が光で包まれた。そして上り始めた朝日が彼らの周りを照らそうとする瞬間。三人の人影が消えた。
その上空を巡航速度で飛行している『ふさ』は彼らの存在を知ることも無く、作業中の第一小隊回収のための先発部隊を発進させていた。
『特殊な部隊』の任務の成功に『廃帝ハド』が一枚嚙んでいることは、『ふさ』の乗員達の誰一人知らないこととなった。