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第147話 見るからに異様な屍

 嵯峨のカスタムしてくれた部隊制式のHK53カービンを片手に誠はゆっくりと07式の残骸に近づいていった。強烈な異臭が誠の鼻を覆い思わず手を口に添えた。

 とりあえず今できること。それは自分を助けた法術師が一体どうやってこの07式のパイロットを焼き殺したのかと言うことに関する調査だけだった。

「そんなに警戒する必要は無いと思うわよ。この地域はほぼ制圧していたから、反政府勢力も先ほどの光景を目にしていれば手を出してくることも無いだろうし」 

 誠の後ろに立っていたアメリアはそう言って笑った。付き従う運航部の女子隊員も明らかにおびえている誠の姿が面白いとでも言うように誠の後ろをついてきた。原野に転がる07式の姿は残骸と呼ぶにしては破壊された部分が少ないように見えた。近づくたびに、異臭の原因が肉が焼けたような匂いであることに気付いた。

 突然、その内部からの爆発で押し破られたコックピットの影で動くものを見た誠はつい構えていたサブマシンガンのトリガーを引いてしまった。

 銃声が砂漠の短い朝焼けの空の下に高らかに響いた。

「馬鹿野郎!味方を撃つんじゃねえ!素人かテメエは!東和宇宙軍ではそんなに簡単に引き金を引くように習ったのか!少しは考えろ!」 

 そう言って両手を挙げて顔を出したのかなめだった。安心した誠はそのまま彼女に駆け寄った。

「すいません……ちょっと緊張してしまって……本当にすいません、もうしませんから」 

 誠も恐怖のあまり引き金を引いた自分が嫌になりながらそう言ってかなめに向って頭を下げた。それでも味方に撃たれたかなめの怒りは収まる様子が無かった。

「フレンドリーファイアーの理由が緊張か?緊張なんて戦場じゃあ常にしていなきゃならねえことだ。まったく使い物にならねえ上にずいぶんひでえ奴だな……それはいいや、それより見ろよ」 

 かなめには今、誠に銃で撃たれそうになったことよりも、コックピットの中が気になっていた。彼女にあわせて07式のコックピットを覗き込んだ誠はすぐにその中の有様に目を奪われた。

 その中には黒く焦げた出来立ての白骨死体が転がっていた。付いていたはずの肉は完全に炭になり、全周囲モニターにこびりついているパイロットスーツの切れ端がこの死体の持ち主がすさまじい水蒸気爆発を起こしたことを証明していた。

「典型的な人体発火現象ですね。この人パイロキネシストであのタイミングに力が暴走したとか……そんなこと有り得ないですね。やはり、僕を助けた法術師がどこかに居たんですね」 

 誠は思わず胃の中のものを吐き出しそうになる衝動を抑えながらつぶやいた。人体発火現象は遼州発見以降、珍しくも無い出来事になっていた。それが法術の炎熱系能力の暴走によるものであると世間で認識されるようになったのは、先日の誠も参加した『近藤事件』の解決後に遼州同盟とアメリカ、フランスなどの共同声明で法術関連の研究資料が公開されるようになってからの話である。

 人間の組成の多くを占める水分の中の水素の原子組成を法術で変性させて、水素と酸素を激しく反応させて爆発させる。この能力は多くは東モスレムなどのテロリストが自爆テロとして近年使用されるようになっていた。コストもかからず、検問にも引っかからない一番確実で一番原始的な法術系テロで、特に西モスレムへの編入を主張する遼帝国の東モスレム地域で頻繁に使用されるテロの手口だった。

「しかし、この人あのタイミングで法術を発動してこの人を発火させる……あの空間は完全に僕のテリトリー内でしたよ。そんなところに僕にも気づかれずにパイロキネシス能力を発動するなんて……可能なんですか?」

 誠の言葉にまるで物を知らない馬鹿を見るような視線をかなめは浴びせた。

「普通は不可能だな。でも、この前の喫茶店で二つの能力を同時並行的に使って見せた法術師が居ただろ?あのクラスならお前に気付かれない法術とパイロキネシス能力を同時並行的に使うことは理論上可能だ。これはだ、誰かオメエの行動のすべてを見てた正義の味方がオメエに手助けしてくれたんだ。その人にちゃんと感謝しろよ。そんな能力のある奴はそうそうお目にかかれるものじゃ無いんだから」

 かなめはそう言うとタバコを口にくわえた。

「単純にそう言い切れるかしら?私には単に誠ちゃんを助けるつもりだけじゃなくて別の意図があるように感じるのよ。それが何かは今は言えないけど……それにしてもそれほどの大軍を派遣している訳でもない遼帝国のしかも最新鋭の07式がパルチザン化するとは。まるで出来すぎてるわね……まるで誰かが仕組んだみたい」

 そう言うアメリアの顔にはいつもの笑顔は無かった。

「確かになんで07式なんていう虎の子をこんなベルルカンくんだりまで派遣した遼帝国の軍部の意図が読めねえのは事実だな。アタシにもこれは誰かが仕組んだとしか思えねえ。じゃあ、誰が?こんなことして誰が得をするんだ?米帝か?違うな。だったら第三艦隊の裏に大艦隊を集結させる意味がねえ。甲武?それこそ、今は上空で第三艦隊の撤収を開始したところだ。いったい誰が……」

 誠達は謎の多すぎる遺体と機体を前にただひたすら悩むばかりだった。

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