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アイツの過去

それからどうしたって? いきなりイーグが「悪い! 具材入れるの忘れてた!」っていきなり乱入してきておしまいだったさ。もちろんイーグは俺が殴って黙らせた。



しかし……結局俺はあのあと一日中コツコツし続けて、星鉱は最初に手にできたあれだけ。

あの時に感じた温もりはいったいなんだったんだろう。やはり思い出とか欲求が作用したんだろうか。そんな事をあれこれ考え続けたんだが、頭痛がしてやめることにした。



「この先に温泉があるんだってさ、兄貴一緒にはいろーぜ!」

疲れてヘトヘトになった俺を待ち受けていたのは、相変わらずハイテンションなジャノだった。ちなみにまだ俺たちと同じ姿のままだ。

「行かねーよ、もう寝る」

「なんだよもう。つーか兄貴一度も身体洗ってねーんじゃね? 返り血浴びたままじゃね?」

いつからこいつは俺の保護者になったんだ、めちゃくちゃうるせえし。

とりあえず聞いておくと……まあよくある話だ。穴掘ってたら熱湯が吹き出して、今ではこの街の連中の疲れを癒す場になっているんだとか。

とは言ったものの……

「ラッシュ、おめーまた臭くなってね?」

「ラッシュさん、たまには身体洗ったほうがいいのでは」

「ラッシュさん、その……結構臭うんですけど」

と、俺に近づく連中みんな口々に言ってきやがるし。

てなことで、半ばイーグに足蹴にされるような形で俺はチビを連れて温泉に行くこととなった。ああもう、こういうの苦手なんだよな。



……………………

………………

…………

かなり夜も過ぎたからか、浴槽から床から石を隙間なくきっちり並べられ作られた巨大な浴場には、俺たち以外誰もいなかった。

何日もの間着け続けていた愛用の革鎧を脱ぎ捨てると、身体が軽くなったかわりに一気に疲れが背中にのしかかる。

「熱くねえよ……な?」って尻尾を湯に浸して確かめている向こう側では、チビが楽しそうにばしゃばしゃバタ足で泳いでいた。

しゃあねえ、ちょっとだけなら、と息止めて入ろうとした時だった。



「背中、流そうか?」

!!!??

え、ジールが隣に? つーか全然気づかなかった。知らぬ間に背後に……耳元で。

反射的に飛び退くと、やっぱりそこには、大きな布を胸と腰に巻いたジールが。

「混浴なんだってここ」

「こ、コンヨクっていいいったいなんだ?」

初めて聞いた言葉にジールは「男女一緒。仕切りがない温泉のこと」とちょっと憮然とした、けど恥ずかしそうな顔で答えてくれた。

「背中流してあげるけど、私は必要ないからね……っていうか変なマネしないでよ」

「ったりめーだ。なにが面白くてジールを襲わなきゃならねーんだ」

うん、ラッシュらしいわね。って安心した顔のまま、彼女は半身を湯につけたまま俺の肩に身体を預けた。寝るのかこんな場所で?



意外にぬるいお湯だったから俺でも大丈夫だったんだが……

なんだろう、この胸の妙な感覚は!?

ドキドキドキドキドキドキドキドキ。

ああ、これはあの時の……親方のことを思い出して自暴自棄になった夜、ジールが俺の涙をぺろっと舐めた……!



「話したこと、なかったよね」

湯煙が濃く漂う中、上目遣いのあいつと目が合う。

「さっき話そうとしてたことか?」

彼氏のことだろと一瞬口走りそうになっちまった、あぶねえ。



「ガンデの親方は確か、私のことサーカス団出身って言ってたはず」

そうだ。こいつは子供の頃サーカス団で育って、火事で全てが失われたあとは傭兵ギルドに身を置いて、そこで腕を磨いたって。

すべては、親方の言ったことだけどな。

「あってるよ。私、物心つく前からもう母さんと二人で移動サーカス団にいたの。まだ小さかった頃はもっぱら雑用とか他の子供の世話とかしかやらなかったけどね。でも……それはあくまで表の顔に過ぎなかったの」

そう言うとジールは突然水に潜り、ふわりとまるで魚のように俺の前に立ち上がった。

濡れた長い髪に隠れて胸元までは分からなかったが、細く、風に飛ばされそうなほどの細い身体が月に照らされる。



「暗殺教団[銀の白夜]……それが本当の顔だったの」

暗殺教団……俺も昔親方からそんなのがあるとはちょこっと聞いたことがある。

まあ他の国での話だ。全然関係ないから俺はそこまで熱心に聞いてはいなかったけどな。

「ここよりもっと遠くにある国よ。ザスレルってちょっと大きい国なんだけどね、私はそこの生まれ。でもって物心ついた時には母さんと一緒にいたの。そのサーカス団に」

近くの大きな石に腰掛けながらジールは続けた。自らの生い立ちを。

「みんな和気あいあいと楽しくやってたよ。まあそれほど規模は大きくなかったしお客さんの入りも全然だったけどね、でも団員の連中も身寄りのない人ばかり。仕事のない日は飲んで騒いで遊んで。そう……大家族みたいな感じだった」

ふと、月夜に照らされたジールの瞳が影を落とす。

「月に1、2回かな。ザスレルに戻って、街の中心にある大きなホールでお話を聞くの。まだその時の私は小さくて、なに言ってるのかなんてさっぱりだったけどね。けどそれこそが私たちの信じる神様であることだけは後で団長とかから教えられて、その神様の教えも絶対だってことも」

「神様って、ディナレのことか?」

そう聞くとジールはううん、とかぶりを左右に振って「ファゾム。それがザスレルの神様の名前」。

ザスレルもそうだった。俺たちリオネングと同じく隣国で小競り合いを続けていたんだそうだ。

「でもって私たち銀の白夜はそこでお偉いさんから仕事の依頼を受けてた。あとはよくある話よ。各国を巡っている私たちなら顔バレしていない。つまりは他の国へも容易に入れちゃうんだよね……昼はサーカスで街の人やお城に人たちを散々喜ばせて、んでもって夜は……」



そう、それがサーカス団の本当の顔。



「要人暗殺でもなんでもね。さっと殺って何事もなく私たちは国を出る。たまに殺した相手に成りすます理由で仲間を抜ける人もいた。それにミスで命を落とす仲間も……けどまた私にはそんなこと分かるはずもなかった。ただ普通にやめちゃったのかなって」



時代が時代だ。よくある話かも知れねえ。

「ンで、お前の彼氏は?」

「そうそうウェイグのことね。あの人も私たちと同じネコ仲間。でもって十歳くらい年上だったかな……いや、もうちょっと上か」

俺を焦らすかのような口ぶり。

けど……そいつのことを話している時のジールの顔は、すごく楽しそうで、けどちょっと切なそうに見えた。

「副団長だったんだ。軽業でもジャグリングでもなんでも来いの美形でね。いろんな国や街に行くたびにたくさんの女がわんさかすり寄ってきて。私なんか入り込む余地もなかった。でもね……仕事の時は優しかったよ」



ちょっぴり寒い風が、俺たちの間を吹き抜けてゆく。



「お酒とナイフ投げを教えてくれたのも、彼なんだ」

「大丈夫さ、ジールと僕とは種族同じだろ。指が長いから細かい作業も得意、ナイフ投げも一緒さ。なんて私にナイフを渡してきたの。最初はもう怖かったけどね……コツを掴めばなんとかいけた」

ジールは自分の手を見つめながらそう話してくれた。なるほどあいつのナイフ投げは百発百中だ。ちなみに俺はこの手のやつは……とにかく苦手。種族によって得手不得手があるんだな。

「そうするうちに雑用係だった私にも仕事が入ってきてね、軽業師やってた母さんとコンビ組んで……楽しい毎日だった。あの日までは」

「あの日?」

ジールは俺にこくりとうなずき、また続けた。

「私が15になった時かな。表の仕事も裏の仕事も順風満帆だった……けどある日団長に呼び出されて、こっそり言われたんだ。ウェイグがスパイをやってるって」

「スパイ……どこの国とだ?」

「そこは全然分からない。でも日を追うにつれ仲間がぽつりぽつりといなくなってね。けど疑惑の目はウェイグじゃなく、わたしたちに向けられてた」



ー銀の白夜の情報を何者かに売り渡してる奴がいる。



「そりゃ大荒れよ、その言葉ひとつで絆の糸なんて簡単に切れちゃう。溜まりに溜まっていた仲間同士の鬱憤とか軋轢とか一気に噴き出しちゃってね……あっという間よ。

話をずいぶん端折られた気もするが、これでも俺に合わせてくれていたらしい。

「だって、ラッシュ難しい話嫌いでしょ?」って。

「後から聞いた話だと、以前私たちが行った港町バクアの理事長……いえ、サーカス団の会計やらなにやらやってた奴なんだけどね、あいつが一枚噛んでたみたいなんだ。けどそんなことはもういい、その時離ればなれになったウェイグに……私はずっと会いたかった」

胸元でぎゅっと拳を握る。切実な思いだったのか。

「好きだったのか?」

「そゆこと、けど今はもう半分くらいはいいやと思ってるけどね」

そう言ってジールは、とぷんとまた温泉へと飛び込んだ。

そして……



水の化身となったあいつは、するりと俺の背後に現れ、そのままぎゅっと裸の身体で抱きしめた!

まるでトガリが作った卵でできた……そうだ、プリンとかいう甘い菓子。あいつの胸は、腕はそれくらい柔らかくって、でもって……



とても心地よい暖かさだった。



「リオネングに帰ったら、私の旅に付き合ってくれないかな?」

耳元でささやく、プリンのような甘い声。

「その……ウェイグがいるとこか?」激しい鼓動を押し殺しつつ俺は問う。

「ちょっと遠いかも知れないけど、ううん……ウェイグが今どんな生活してるか、それだけが分かったら、もういい」

「そりゃあ構わねえけど……なんで俺が一緒に行かなきゃならねーんだ?」

「決まってるじゃない。護衛よ護衛」



あー、そういうことね。なんか肩透かし食らったような気分。

でも、最後の言葉だけは本気だったのかも知れない。



「それで私の心にケリがついたらさ、ラッシュ……私の好きな人にさせてくれないかな?」



好きな……ひと?

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