星鉱を探して
ー真っ暗闇のなか、ぴたっ、ぺたっと俺の湿った足音だけが聞こえる。
そうだ、このクソ狭い洞窟は、壁から地面からしみ出した水で濡れ……いや、どちらかというとぬるっとしている。
でもって胸にはチビを、背負ったザックには掘り出すトンカチやら何やらずっしり。とどめにあのジジイまで背中に引っ付いている状態だ。
「やっぱり獣人じゃのぅ、こんな真っ暗な道を間違えもせずに歩けるとは」
ジジイはそんな悠長なことを言ってるが、俺だって結構苦労している。一歩一歩、足の爪を地面のへこみに引っ掛けて、滑らないように踏ん張って歩いているんだ。なんせ軽いとはいえ二人分背負っているからな。
……町外れにある小さな祠へと向かったのは、日が昇り始めた明け方の頃だった。
胸元までぼうぼうと伸び切った雑草をかき分け、ジジイが指し示した場所。それは祠というか、ぶっとい鋼の鉄格子で閉じられた牢獄。さらには同様に頑丈そうな錠前まで。俺の力でもこいつは壊せそうにない。
「よしよし、バケモノもここには気づかなかったようじゃな」ジジイは腰に下げた革袋から大きな鍵を取り出し、ややサビの浮いた錠前に突っ込んだ。だが開けるのは俺の役目だ。ジジイの細っこい腕じゃ回せないそうで、やれやれ。
重い鉄格子の扉をこじ開けると、俺たちを待ちわびていたかのように、湿ったカビ臭い風が奥から吹き付けてきた。
「なんなんだ、ここは?」
「んあ? 実はワシもここに入るのは初めてなんじゃ」だと。マジかよ。
太陽の光も差し込めないくらい洞窟……早速ランプに火を灯そうとしたら、いきなりジジイは手で制してきやがった。
「お前の感覚に従うのじゃ」
「感覚……?」
「うむ。獣人たるお前に備わった類まれなる感覚じゃ」
視覚はいいとして……お次に耳と、鼻と、手足か?
ジジイは軽くうなづくと、それらがお前をよき方向へと導いてくれると言ってくれた。つまりはアレか。灯りに頼らずにここからはお前が行けってことか。
「ランプつけないの?」
「ああ、このジジイが真っ暗な道を行けってな」寝ぼけ眼で怯えているチビの身体を、俺は胸に抱えた。
「で、この穴は一体何なんだ? ここまで厳重に閉じられてたんだ。なんかワケでもあるんだろ?」
すっかり忘れておった。とジジイは白髪頭をボリボリ掻きむしってこう話したんだ。
「ラウリスタ様の祠じゃ」と。そしてまた続けた。
「あのお方にしか扱えぬ真の星鉱。それはここでしか手に入らんのじゃ」
ラウリスタ……つまりはナウヴェルのことか。あいつが刀工ラウリスタの名前を引き継ぎ、そしてあいつにしか扱うことのできない武具を造ってくれる。そのための鉱石がこのカビ臭い洞窟にあるというわけだな。
「しかし、ラウリスタ様がお前のようなデクの棒に採掘を一任するとはのぉ。本来ならあのお方が直々に星鉱を採りに行くのじゃが。よっぽどお前さんは信用されているんじゃな」
って、そうなのか? どう考えたってあの溶岩みたいな両手じゃ採掘なんてできるとは到底思いつかないんだよな。面倒で俺に頼んだとしか。
しかし……ちょっと気になることが一つ。
「さっきっからラウリスタ様って呼んでるけど、あいつそんなに偉いやつなのか?」
するとジジイは、手にした杖で俺の向こう脛をいきなりゴン! とぶっ叩いた。
「痛えええ! なにすんだクソジジイ!」
「お前知らんのか!? ラウリスタ様こそこのエズモール……いや、この世界の鍛冶を統べる王なのじゃぞ!」
えええええええ王様!? しかも鍛冶屋の王ってオイ!
……偉いんだか地味なんだかよく分からねえけど!!!
ナウヴェルが王様かよ……
しかも鍛冶屋の王ってなんかよく分からんけど、すごい奴だったんだな。
「まあ、王とは言うてもあくまでわしらがそう呼んでいるだけじゃ」
つまり、鍛冶屋連中に神格視されてるようなものか。しかしそれでもかなりのものだな。
そんな話をしてるうちに、いよいよ行き止まりとなった。
「ここがそうじゃ」とジジイが見上げると、そこにはまるで星空……いや、朝日を通してオレンジ色に輝く星たちが頭上に輝いていた、
高さは俺の背丈の倍ってとこか、それほど広くはない。
ジジイが言うには、新たなラウリスタが誕生する際に献上する星鉱をここで採るんだそうだ。
「さて、わしとチビはここで星鉱の採掘じゃ」
「待てよ、俺はどうすんだ?」
「ほあ? お前なにも聞いておらんのか」
「聞くって……つまり俺の斧の素材のことか?」
「わしも聞いとらん、勝手にやればよかろう」
おいおいおい! ここまで来て勝手にやれってか! ふざけんな!
俺が怒りをあらわにすると、ジジイはこう言ってのけた。
「ラウリスタ様はただ造るだけじゃ。お前はなにを求め、どんな思いを持ってその武器を手にしたいんじゃ? まずはそこからゆっくり考えるがいい」
そういってジジイは、穴の隅でチビとコツコツ採掘をはじめやがった。
「おじいたん、これどうつかうの?」
「よしよし、これはこう持ってな……でもって」
側からみると、ジジイが孫と遊んでいるようにしか見えねーし。
まあいいか。俺は自身の……なんだっけ?
なにを求め、どんな思いを……か。
燃えるようなオレンジ色の日差しが目を刺す。俺はそのまま目をつぶって、言われたとおりゆっくり思いを巡らせてみることにした。
確か……俺はあの時、親方にもらった大量の宝石をどう使おうか考えていたんだっけ。けどいきなりこんな大金もらってもな、なんて悩みに悩んだ挙句、専用の武器を、俺にしか扱えないくらいの武器をオーダーしてみようと、街にある武器屋に行ってみたんだ。
まるで昨日のように思い起こされる、あの時のこと。
あの時店にいた店主、つまりあいつが前のラウリスタとつるんで稼いでいたワケだな。そう考えると結構悪どいやつだったかも知れない。宝石渡したらいきなり目の色変えて丁寧な態度取りやがったし。
ーなぜ、俺は斧にしたかったんだ? 別に剣でもよかったんじゃないのか?
いや、俺はあの時、斧がいちばんいいって直感したんだ。
ブン殴れるほどに重く厚く、そして鋭く切り裂ける大きな刃。
でもって俺と同じくらいの長さ。じゃないと取り回せないし。
力を十分に込められるには柄がとにかく長くなくちゃいけねえ。もうその時点で剣は却下って考えに至ったんだっけ。
それを店主に余すところなく伝えて、できたものが……あの大斧なんだ。
重すぎもせず、かといって俺の腕には軽くもなく。そうだ、まるで腕の一部にでもなったみたいな、そんな感触だったっけな。
まず最初に見せたのは親方だった……いややめよう。また頭の中が湿っぽくなっちまう。
だから……やっぱりナウヴェルに新しく仕立ててもらうんだとしたら、同じくらいの大斧がいいな。
なんて思っていると、突然俺の足元がぽかぽかと温かくなってきた。
チビが漏らした? いやそんなバカな。通ってきた洞窟と同じ、ここも地下水が滲み出てひんやりとした岩穴だぞ!?
「どうしたんじゃ?」
「なんか、足元が急に温かくなってきて……」
そう話すとジジイは、ニンマリとしわくちゃの笑顔を見せた。
「なるほど、つまりそこが正解じゃ。掘り出してみい」
言われるがままに俺は、手にしたハンマーとノミで足元一帯の岩をガツガツと掘り砕いた。
だが手にしたそれは両手のひらに収まるほどに小さな石塊だった、この広間のように光も通さず、輝きもせず……だ。
「これがそうなのか?」
「いや、わしにはそれが正解かどうかは分からん」
「おいジジイ、さっき正解って……!」
「言ったじゃろ。それを見極めるのはお前自身、そしてそいつから造り出すのはラウリスタ様の腕じゃと」
言ったか? そんなこと。
でも……確かに俺は感じたんだ。足元のこの岩に温もりがあったことを。
だとしたら、間違いはないはずと信じたい。
「さて、コツが分かったらもっと頑張ることじゃ。その程度の星鉱じゃ矢尻ひとつくらいしか造れんぞ」
マジかよ……何日かかるんだ?
しかし、さっきはうまいこと星鉱を取り出せたものの、以降は全然心に来るものがない。気持ちばかりが焦っているだけ、そんな無駄な、イライラする時間だけが過ぎていった。
「弁当もってきたよ」
穴の入り口から聞きなれた声が。ジールだ。
そういやなんか久しぶりにあいつの姿見た気がするな。何やってたんだか。
「イーグがサンドイッチ作ってくれたんだ、みんなで食べよ」
すっかり忘れてた、イーグも一応メシ作れるってことを。パン屋やってるんだもんな。
ってなわけで
俺たちは採掘の手を止め、昼メシにすることとした。
ひときわ巨大なパンに野菜からなにから詰め込んだ、トガリのような美的センスはゼロのサンドイッチだ。けど文句は言ってられないがな。
大きく頬張ると、中に一応肉らしきものは入ってはいたが……いや、もうこれ以上粗探しはやめとこう。
「野菜しか入ってないじゃん」ジール、お前も言うか。
「あんまりおいしくない」チビもか。
「馬にでもなった気分じゃな」ジジイ……あんたまでもか。
とりあえず腹がふくれたのでチビと一緒に寝転ぶと……察したのかどうかは分からないが、ジールが膝枕をしてくれた。
「親子だね、こうやって見ると」
逆光になったジールの微笑みに、ふわりと俺の疲れた頭の中に眠気が押し寄せてきた。
あ、やべえ……寝ちゃい、そう、だ。
ーところでジール。お前やっぱりあいつに会いたいのか?
ーうん……まだちょっとね、迷ってる。
ー今さら会ったところで、あいつにはもう新しい家族がおる。それでもいいのか。
さらりと、ジールの細い指が俺の髪を優しく撫でた。
ーわたしも心にけじめをつけたいしね。やっぱり会いに行くよ。
半分眠った耳の奥で、ジジイとジールの二人の会話が。
なんなんだ、この二人、そんな関係だったのか……?
けど俺もうかつだった。つい二人の間に割って入ってしまった。
「もしかして、ウェイグってやつのことか……?」と。
なにバカなこと聞いちまったんだ。ジールの彼氏のことだろ。いくら寝耳に挟んでしまったとはいえ、なんで俺……うっかり口走っちまったんだ。
「え」
見上げる彼女の表情が完全に凍りついていた。やべえ、どうしよう。
「き、きいて……たの?」
「わ、悪い、つい」
「いやそうじゃなくて、ウェイグのこと」
そうだ、泥酔したジールを介抱したとき、あいつの口から出た名前。
「ジール、この際だからこいつに一切合切話した方のがええんじゃないのか?」ジジイが上手くフォローしてくれた、が。
「うん、その、コレに関しては……」
「ジール。お前は好きなやつに膝枕する癖があるんじゃったな」
「ええ……」
慌てて起き上がったはいいが、ジールの顔は緊張と恥ずかしさで今にも破裂しそうだ。
「ラッシュよ、お前がジールのことを好きなのかどうかはわからん。だが……」
ジジイのしわだらけの顔が、くしゃっと横につぶれた。
「ひひひ、あいつは好いておるぞ、お前にな」
「じっちゃん……もう!」