第132話 空中戦が想定される展開
シートに固定されていた体に浮遊感のような感覚が走った後、すぐさま重力がのしかかるがそれも一瞬のことで、すぐに重力制御の利いたいつものコックピットの状態になりゆっくりと全身の血流が日常の値へと戻っていくのが体感できた。誠はそのまま機体の平行を保ちつつ、予定ルートへと機体を安定させるために反重力エンジンを吹かした。
かなめの言ったとおり、長くて重い法術兵器を抱えていると言うのに誠の乙式はいつもと同じようなバランスで降下していくカウラ機のルートをなぞって誠の機体は高度を落して行くことができた。
誠の機体の高度は予定通りの軌道を描いて降下を続けていた。そこに突然未確認の飛行戦車から通信が入る。
『侵攻中の東和陸軍機及び降下中のシュツルム・パンツァーパイロットに告げる!貴君等の行動は央都条約及び東和航空安全協定に違反した空域を飛行している。速やかに本機の誘導に……何をする!』
イントネーションの不自然な日本語での通信が入る。誠は目の前を掠めて飛ぶ機体に驚いて崩したバランスを立て直す。ヨーロッパの輸出用飛行戦車『ジェローニモ』。空戦を得意とする車体である。西モスレムの国籍章を付けた隊長車らしい車体が輸送機に取り付こうとしてランの赤い機体に振り払われた。
『邪魔はさせねーよ!菰田、そのまま作戦継続だ!早く西園寺の機体を射出したら対空砲火の圏外まで一気に上昇して脱出しろ!』
ランの叫び声にモニターの中のパーラが指揮を取るアメリアを見上げていた。
『作戦継続!かなめ、アンタのタイミングでロックを外すわよ!』
指揮を執るアメリアは緊張した面持ちでかなめに向けて叫んだ。
『誰に向って言ってんだよ!任せとけって……3、2、1、行け!』
かなめの叫び声が響くが、誠にはそれどころではなかった。一機のジェロニーモが誠の進行方向に立ちはだかっていた。手にした法術兵器が作戦の鍵を握っている以上、誠は反撃ができない。それ以前に相手はバルキスタン紛争に関心と利権を深く持っている同盟加盟国の西モスレム正規軍である。
『空は任せろよ!レッドヘッド・ツー、スリー、各機はアルファー・スリーの護衛に回れ!あれが墜ちればすべてはおじゃんだ!』
誠はひたすらロックオンを狙うジェロニーモから逃げ惑う。手にしている馬鹿長い砲を投げ捨てて格闘戦を挑めば万が一にも負けることの無いほどのパワーの差があるのが分かっているだけに、誠はいらだちながら05式の運動性を生かして機体を上下左右に振り回して逃げ回った。
そこに敵にロックオンされたと言う警告音が響く。誠が目を閉じた。
「やられる……いや、やられてない」
誠は跳んでくるはずのレールガンの弾丸が無いことに安堵しながらつぶやいた。
ランの部下の機動性が売りのシュツルム・パンツァー89式が目の前のジェローニモに体当たりをしていた。バランスを崩して落下するジェローニモが誠の目に映った。
「ありがとうございます!」
誠は危機を救ってくれた東和陸軍の89式のパイロットに礼をした。
『それが奴の仕事だ、気にすんな。アタシのレーダーでは他にあと四機迎撃機があがりやがった。しかも東和陸軍のコードをつかってやがる……東和陸軍はバルキスタンのこの地域に軍を派遣していないから国籍詐称のテロリスト扱いってことでこっちは落とせるな。これからは輸送機の護衛任務に専念するからあとはカウラ、後は現場の判断で何とかしろ』
その通信が切れると誠の機体のレーダーには取り付いていた三機のジェローニモがランの部隊の威嚇で誠達から距離を置いたと言う映像が浮かんでいた。
『そう言うわけだ。これからは我々だけで進むことになる。覚悟するんだな』
いつもと同じ無表情を浮かべているカウラの言葉だが、精神的に追い詰められている誠には非情な宣告のように聞こえた。