駒は揃った
そして話は現在に戻る。
「ガンデ」という名前を聞いて、俺は居ても立ってもいられなかった。
そうだ……亡き親方の名前であり、そしてジェッサの産んだ子供の名前でもある。
だがなぜこんな場所で、しかもイーグやジールと口論してるんだ?
湧き立つ思いが抑えられず、俺は固く閉じられていた病院らしきボロ屋のドアを思いっきり蹴り開けた。
やはり……俺の眼前に広がっていたのは、例の人獣の溶けかかった骸。こいつら一人じゃあまり行動しなさそうだから、数えてざっと五体ほどだろうか。
「仲間は大丈夫っぽいんだヌ」隣で相変わらずのチャチャの抜けた声。だが俺はそれに答えるわけもなく、すぐさま二階へと駆け上っていった。
「ラッシュ……よかった、無事だったのね」壊れたベッドの転がっている部屋には、ジールとイーグと、そして縄でぐるぐる巻きにされた人間のジジイ。それと……
ジェッサ似の、黒豹がひとり。
だけどこいつ、相当気弱なのかな……俺の姿を見た途端、ジールの後ろに急いで隠れちまったし。
「大丈夫よガンデ。さっき話したでしょ」
「は、はい……ラッシュさんですよ……ね」
臆病もいいトコだ。つーか妹のジャノよりひでえな。
「ラッシュ、この変なやつは一体?」
「失礼だヌ! 僕はアンティータのチャチャポヤス・クル(以下略)なんだヌ!」
とりあえずイーグが肉塊にならないうちに、俺は今までのことを手短に話すことにした。
「俺っちも薄々感付いてたわ。人通りがゼロってことからしてなんかヤバげだなって。ンでこの医者の爺さんも妙に様子が変だなと思ってたら……」
目を離した途端、背後からいきなり頭に袋をかぶせてきたんだそうだ。だが相手は歴戦の戦士イーグだ。隠れていた人獣連中も含め難なく倒しちまった。いつものパターンだ。
「ゲイル様に頼まれたんじゃ……エズモールにくるよそ者はみんな捕らえろとな」
観念した顔でジジイが話してくれた。
……って、ゲイル!? あのクソ野郎、やっぱり背後で絡んでいたのか!
「これで確定したな。やはりマシャンヴァルがこの街を乗っ取っていたんだ」
マティエの言うとおりだった。マシャンヴァルはここの鉱石目当てでエズモールそのものを手に入れてたって寸法だったワケか。
だが……他に残された街の人間は? それになんでガンデとやらは一人こんな場所にいたんだ?
「ほらガンデ。この際だからきちんと説明して」
「は、はい……」
ジールに促され、ようやくガンデは俺の前に姿を現してくれた。
彼女譲りの細身な体型に、黒く艶のある身体の毛。そして丸みを帯びた耳に金色の瞳をしている。
わかる。こいつがガンデだってことくらいは。
しかし、あの岩石を削り出したような親方の容姿とは似ても似つかなかった。つーか完全に正反対。なんでジェッサはこんな奴にわざわざ親方の名前をそのまま付けちまったんだろうか、って疑問しか浮かばなかった。
だけど、こいつもジャノ同様、親方の血を引いた忘れ形見なんだよな。と思うと、俺の胸にもちょっと込み上げてくる熱い思いが。
でも……妹のジャノは普通に人間の容姿していたってのに。
なんでこいつは俺たちと同じ獣人なんだ!?