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その名はエイレ

エイレは照れながらもいろいろ俺に話してくれた。
「僕はここの生まれではありません。ここからさらに東に行った、ブラスクという国……」
ふと、エイレは遠くを見つめた。
「ある日内乱が起きて、僕は大臣の助けで命からがら逃げ延びたんです」
んでもってたどり着いた場所がこの国だった。しかも最初に助けてくれたのがマティエ。うん、実に運命的な出会いだな。
「行き倒れになってたとき、僕を抱き上げて城にまで運んできてくれて……みんな良い方で助かりました。ブラスクで起きた全てを王の前で話すと、すぐさまマティエさんは僕の職を用意してくれたのです」

この国の歴史書の編纂をお願いされたんだと。なんだそれ、初めて聞くな。
「ブラスクでは書記官を勤めていました。っていっても基本的に人間上位でしたからね、どちらかといえば雑用係の方が多かったですが」
書記……ってことは字が上手かったりするわけか。俺は気になって聞いてみた。
いいですよ、とエイレは傍らに置いていた大きなカバンから羽根ペンと分厚い本を取り出すと……なんだこれ、まるでミミズがのたうち回ってるような文字らしきものをサラサラと。うん、全然読めねえわ。
「マティエさんや騎士団のみなさんみたく、僕は戦いには不向きでしたから……唯一誇れるものがこれです」
よくわからねーが、とにかくこいつはルース並みに頭がいいってことかな。
「仕事は確かに忙しいですけどね、でも僕が来てから迅速化されたって周りの人は大喜びでした。なのでその合間を縫ってマティエさんに思いきって……」
「告白したら、見事に……か」
そういうことです、と癖のついた白い髪を恥ずかしげにわしゃわしゃとかきむしった。故郷リオネングに将来を誓った相手が居ると言われ、こいつはショックで丸一日寝込んだんだとか。
「その相手があなただったんですね。確かにマティエさんに相応しい風格をお持ちですものね、それに比べて僕は……」

なんだろう、急にこいつの頭を殴りたくなってきた。
この妙にヘラっとした態度。諦めのつかない物言い。聞いてて胸の奥がムカムカしてくるんだ。
「エイレ、とかいったな。お前それでいいのか?」
「え、といいますと?」
俺も口下手だからとにかく説明が難しい。だけどとにかくこいつには一発説教してやらなきゃと思い……つい。

ゴン! とひときわ鈍い音が酒場に響いた。周りの奴らも、マティエたちも一斉に俺とエイレの方を向いた。
「ががっ、ななななにするんですか! ぼぼっ僕がいったいなにを!?」
転げ落ちたあいつ胸ぐらを掴んだ。もう涙目だ。
「よくフラれてヘラヘラしてられるな、おまえ男だろ!?」
「は、はい……」
「俺はな、お前みたいな意気地のねえヤツが大嫌いな、、、」

一瞬のうちに、俺のまわりは騎士たちの剣で囲まれていた。
切先は全て俺を向いている……俺なんかしたか?

「エイレ一等書記官に暴力を振るった罪でお前を逮捕する!」そう、鎧で身を固めた人間の男が言った。
「ラッシュ、おまえなんてことをしてくれたんだ……」
呆然とした顔のマティエがそこに。

ああ、バカやっちまった……

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