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今夜、なに食べる?

結局トガリは仕込みの仕事で、帰りが遅くなるとかで。
それは別に構わないんだが、突然マティエのやつが「じゃあ、私が食事を作る」と立ち上がったのが今さっきのことだ。
「いいけどお前……メシ作ったことあるのか?」そうだ。こいつって酒飲み豪傑なイメージ強いし、他の仲間と違って私生活もなにも見えてこないしで、正直……うん、怖い。
俺の問いかけに一瞬天井を見つめながら「三回ばかりな。ルースが風邪を引いた日……だったか」
どんなメシ作ったんだと聞き返したが、あいつは気難しそうな顔をしてそれ以上答えてくれなかった。おいおい大丈夫か!?
「ところでラッシュ、お前は自炊したことはあるのか?」
もちろん首を左右に振った。基本戦場じゃ川で掴み取りした魚でも生きたままバリバリ食ってたし。周りにいた人間は驚いた顔して見てたっけな。
「ならばいい、私の邪魔さえしなければ」と、あいつは台所に行って食材をあれこれ取り出してきた。一応ここにも備蓄しているイモ類はあるにせよ、めちゃくちゃ不安だ。

「なにやってんのマティエ、手伝おっか?」
どこからともなく、音もなく現れたジールが加勢にきた。
「ジールはメシ作ったことあるか?」
「子供たちのご飯は作ってたことあるからね、うん。大丈夫」
そっか、以前チビにゲロ臭い粥を作ってくれたことあったっけ。けど今日はジール含めて大人三人だ。ゲロを錬成してもらっても困るんだがな。
「イモと……なんかよく分からん野菜に、これは干魚か?」
ジールとあれこれ話しながらフライパンになにかをドカドカ盛り付けてゆくと、たちまち食堂内が焦げた臭いに包まれた。つーかマティエの目の前が炎に包まれてるし。
「おい! 燃えてるぞ大丈夫か!」
「ああ、大丈夫だ。問題ない」
隣のジールは涼しい顔してなにか煮込んでるし……いや、チビがいなくてよかったかも。じゃない、今すぐに俺もイーグのパン屋に行って残り物でもいいから食いたい……

腹減った。

「待たせたな、完成したぞ」
なんというか……うん、予想通りだった。
消し炭のようになったトマトに、かろうじて原形をとどめているイモ。そしてぶつ切りにされた干魚が入った濁り水。
「く、食えるのかこれ?」と聞いても、マティエは俺に目を合わせてはくれなかった。焦った顔で。いまだジールのいる台所を見つめたまま。
とりあえず先に食ってみるか……と、もう俺の指先が、鼻が、耳が、尻尾が全力で食うなと拒否反応を示してきた。ヤバい、なんか食い物じゃない臭いがする!
気持ちを無理やり押しとどめて口に炭をつっこむと……うん、ほのかに元の野菜の香りがする程度で、あとは炭だ。火事で焼け落ちた家の壁の味そのものだ。
スープは……いや、これスープなんかじゃねえし。要は生臭い水だ。干魚もエキスが抜けきった、ただの布切れと化してるし。
まさかとは思うが、ルース……これが嫌で逃げたとか? としか思えない。
だろうな、未来の嫁さんがこれほどまでに壊滅的なメシしか作れない、そして極めて強情。逃げ出しても文句は言えねえや。

「おまたせー、米のシチューできたよ!」
ジールの方はと言えば……うん、めっちゃ美味そう。
なんでも以前港町バクアに行った際に教えてもらった料理なんだとか。米とかいう白く小さな虫みたいなやつを、野菜や貝と一緒にスープで柔らかく煮込むんだとか。

ヤバい、腹減った矢先に大女の消し炭食ったせいでもう餓死しそうだ! 俺は手づかみでその熱く湯気の立つ米を口に運んだ。

「ぐひゃわギャぁぁぁぁぁあ!!」唐突に叫ばずにいられない辛さ!
ちがう、辛いなんて生やさしい表現じゃない!クソ辛い、じゃない痛い!!!
火山から飛び出た岩を口の中に押し込まれたかのような痛さ! とはいってももう飲み込んだ、吐き出せない。まるで熱湯が喉から身体の中へとドバドバ流れていって……でも空腹には逆らえない。この激辛メシを拒んだら今度こそ俺は餓死しちまう。
そしてそれはジールも同じだった。
「うごわ! 辛ぃぃぃぃぃぃい!」瞬く間にジールの額から大粒の汗が滝のように流れ落ちてきた。
「ウソ……だよね、だってあたし香辛料なんてひとつも入れてないよ!」この言葉を信じていいのかは不明だが、ジールもかなり料理下手って思った方がいいかもしれないな。

「うん、やっぱりジールの作る食事は一味違うな。勉強になる」
マティエは顔色ひとつ変えずにジールの作った溶岩の塊を食べていた。

「よ、よく食えるなそれ……」
「どうしてだ? とても美味じゃないか」

マジかよ……

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