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第四十話 D氏は語る

 パルリア森林。広大な面積を持ち、危険な魔物が大量に生息する恐ろしい森だ。A級冒険者でも入るのが躊躇われる場所。
 しかし、その名は地図から消え、パルリア()()へと改名した。
 森が更地になる瞬間を見ていたD氏はこう語る。

「死ぬかと思ったね!」

 氏はステーキにフォークをぶっ刺し、その胸中を語る。

「馬鹿みたいに強い魔物たちを殲滅して、一息ついてたら魔力の嵐が吹き荒れて、炎の巨人が現れた。そりゃもう馬鹿でかい巨人さ。50メートルぐらいはあったぜ。それだけでも驚きなんだが、巨人は前兆に過ぎなかった」

 氏は恨めしそうに正面に座る俺を睨む。

「炎の巨人が倒れ、火炎が一気に広まった。俺は燃え盛る木々に囲まれた。スタミナが枯れている中、なんとか炎から脱出すると、今度は大量に雨が降ってきた。いや、アレは雨じゃない、滝だ。俺は滝に打ち付けられ、禿るかと思った」

 ステーキを切り分けもせず、丸かじりするD氏。

「滝が止み、身動きが取れるようになった俺はすぐさま森の外を目指そうと思ったが、それまでの災難のせいで完全に方向感覚を失っていた。右往左往していると、今度は馬鹿みたいな重力が襲ってきて、一歩一歩が重くなった」

 D氏は口にステーキを全て入れ、ステーキを丸呑みにする。

「そんで極めつけはあの大量の隕石だ。俺は全力疾走で森を横断し、なんとか脱出した。だが、もうちょい森の深いところに迷い込んでいたなら、今頃ペッちゃんこだっただろうな!」
「そろそろ怒りを鎮めてくれ。こうしてステーキを奢ってやってるだろ?」
「こんなもんで足りるかぁ!」

 俺を責められても困るんだがな……いや、原因の一端は俺にもあるか。
 パルリア森林消滅事件が過ぎて三日後、俺はこの一件で一番迷惑を掛けたドクトに食事処でステーキを奢っていた。
 パルリア森林消滅事件は現状、その真相は世間には知られておらず、現在も調査隊が派遣され現場を調べているところだ。だが、俺やユウキがいた証拠は見つけられまい。あそこにはもう何もないからな。
 ユウキを連れて屋敷に戻った俺はヴァルジアさんにユウキを託した。
 ユウキは発熱を起こしており、多少喋れるものの身動きは取れず、今もベッドで寝たきりだ。入学式まで後三日、入学式の前日にこの地を発つので、後二日の間にユウキには体調を戻してもらわないとならない。
 この一件の真相を知るのは俺とユウキとヴァルジアさん、そしてドクトとノゾミちゃんの五人だ。当然、全員他言はしないと約束してくれている。これが公になると色々と面倒なことになるからな。
 今日は特にすることもなかったので、こうしてドクトに補償をしているところだ。

「ノゾミちゃんはどんな様子?」

 ドクトの恨み言も聞き飽きたので、話をチェンジする。
 ノゾミちゃんは俺たちの足の速さについてこれず、途中でリタイアした。そして俺たちはノゾミちゃんを放置して森へ向かった。あの時は切羽詰まっていたとは言え、悪いことをした。

「悔しさをバネに馬鹿みたいにトレーニングしてるぜ」
「オーバーワークにならないか心配だな……」
「その辺りも問題ない。休憩が大切と、どこぞの殿方に教えてもらったみたいだからな」

 そんなことはどうでもいい。とドクトは話をまた戻そうとする。どうでもよくはないだろ。お前の主人のことだぞ。
 ドクトは暫く恨み言を言った後、俺にフォークを向け、

「そんで、どうするんだ?」
「どうするって、なにを?」
「このまま当主様に何も言わず行くのか?」

 ようやくここで、ドクトの怒りが誰に最も向かっているのかわかった。

「聞いたところによると、ザイロスってやつを差し向けたのはあのオッサンだろ。ユウキの嬢ちゃんを利用するアイディアも間違いなくアイツのモンだろ。ここまで舐められて引き下がる気か?」
「戴宝式の時とは言っていることが随分違うじゃないか」
「こちとら死にかけてるからな。それに、今とあの時じゃアンタへの評価が違う。アンタならラスベルシア家全部相手にしても勝てるだろ」

 ドクトの顔から感情が消える。


「釘刺しとけ」


 今までと違い、決して軽くはない声色でドクトは言う。
 確かに、これから先もああやって介入されたら面倒だな。
 ハヅキの一件までなら許容できたが、ザイロスの件は許すことができない。俺も俺で、苛立ちはある。
 ご当主様との面会は確定事項だ。後はタイミングだな。ユウキと一度相談したいところだ。

「わかった。けじめはつけるよ」

 俺は金を払い、一足早く店を出た。


 --- 


 ラスベルシア別邸。
 ユウキの部屋の扉をノックすると、「どうぞ」と中から返答があった。部屋に入ると、ユウキは上半身を起こし、本を読んでいた。
 顔色も良い。もう熱は無さそうだ。

「大丈夫か?」
「はい。すでに熱も下がって、体調も戻ってます」
「この前の一件については整理できてるか?」
「はい」

 そう呟くユウキの顔は暗い。

「ザイロスを殺したことは気にするな。アレは君のせいじゃない。ザイロスを殺したのはアルゼスブブで、原因は俺とザイロスと……君の父親にある」
「わかっています。ただ……それでも消化するのに時間はかかりそうです」

 こればかりは気持ちの問題だ。これ以上、俺に言えることはない。

「それに、私が聞かされていた封印の話が、ほとんど嘘だったことも驚きました。まさか私の体に封印されているのが魔神ではなく、アルゼスブブだったとは」
「それは俺も驚いたよ。でもなんでそんなこと隠したんだろうな?」
「その辺りも含めて一度、全てを知る者に聞くべきでしょうね」

 どうやらユウキも俺と同じことを考えているらしい。

「今日は難しいですが、明日、お父様に会いに行きます。ついてきてくれますか?」
「もちろんだよ」

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