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第三十一話 愛と嘘

「ハイ。終わり終わり。解散」

 俺はハヅキから離れる。

「は……?」
「な、なに言ってんのよアンタ……」

 俺は刀を鞘に収める。

「これ以上やっても無駄だろ。ハヅキ、もうわかっただろ。たとえお前の全力の一撃を俺の急所に当てても、俺を殺すことは不可能だ」

 俺とハヅキの間には越えようのない実力の差がある。奇跡が起きようと覆ることのない実力の差が。
 ハヅキもそれがわかっているはずだが、諦めない。奥歯を噛みしめ、短刀を両手に握り、襲い掛かってくる。

「……無駄だと言ってるのがわからないのか?」

 俺は光属性の抜刀術を繰り出す。

「“光填・八爪撃”」

 一瞬の内に、八つの斬撃を繰り出す。
 ハヅキの体には一太刀も当てない。代わりに、ハヅキの武器を全て斬り裂く。手に持った短刀も、足に仕込んだ刀も、スカートに隠したトンファーも、胸元に隠したナイフも、袖に隠した鎖も、全て服ごと斬る。

「っ!?」

 服が破け、ほぼ下着姿になったハヅキは体を隠すようにして俺から距離をとった。白く簡素な下着はハヅキらしいが……。
 その時、俺は彼女に違和感を抱いた。
 普通の少女らしい反応……てっきり、服を破かれても恥ずかしがることはないと思っていた。
 俺の中の彼女のイメージがここで崩れる。そして、新しい可能性が頭に生まれる。

「この、変態がっ!!」

 アイの飛び蹴りが後頭部に直撃する。無論、ダメージを受けたのはアイの方だ。アイは足を押さえうずくまる。

「お前、俺の味方じゃなかったのか?」
「うっさい変態! 服を剥ぐとか鬼畜よ鬼畜! ていうか、なんて硬い鱗……! いったぁ……!」

 いまアイが足を怪我した時、ハヅキが一歩だけアイに寄ったのを俺は見逃さなかった。
 アイは言っていた。ハヅキは過去の記憶を、アイと親友だった時の記憶を無くしていると。

 だが――

「やっぱり気が変わった」

 俺は刀を、ハヅキではなく、アイに向ける。

「え? ちょっと、アンタ、なにをして……!?」

 ハヅキに背を向け、アイに向けて刀を振りかぶる。

「お前もハヅキもここで殺すことにした。考えて見りゃ、お前らはどっちもウチの姫様にとって害でしかないよな。お前はいっつも姫様に突っかかってきて、正直鬱陶しかった。ここで殺す」

 本気の殺気をアイに送る。
 アイはガタガタと体を震わせる。“八爪撃”を見た後だからか、恐怖の色がとても強い。目には涙が浮かび、過呼吸になる。あと一歩踏み込めば失禁しそうな勢いだ。

 どうするハヅキ。いま、俺の背中はガラ空きだ。
 もし、お前がアイのことをなんとも思っていないのなら、この絶好のチャンスは逃さないだろ? 俺の首に、全力の一撃をぶつけられるぞ。

「やめて!!」

 ハヅキは俺とアイの間に割り込み、アイを守る様に両腕を広げた。
 その行動で、俺は確信する。
 その光のある目を見て、確信する。

「やっぱりな。ハヅキ、お前――記憶喪失ってのは嘘だろ」
「え……?」

 ハヅキは顔を赤くして、床を見る。
 刀を下ろし、俺は続ける。

「そもそも洗脳なんかで記憶まで操れるかよ。一定期間の記憶だけを消す……なんて芸当、簡単にできることじゃない。記憶を操ることがどれだけ難しいかは知り合いの魔法使いに聞いたことがある。最上級レベルの魔法、もしくはEXランク級のユニークスキルじゃないと無理だ」

 アイの話を聞いた時からずっと引っかかっていた。暗殺術以外の全ての記憶を失うなんて器用なマネ、可能性としてゼロではないがまずありえない。

「なんでそんな嘘をついたの? オッサンが聞いてあげるから話してみなさい」
「……コンバート」

 ハヅキは青いオーラを纏い、窓から外へ飛び出した。

「あ、逃げた」
「待ちなさい! ハヅキ!」
「仕方ないなぁ、もう」
 
 雨に濡れたくはないが、そうも言ってられない。

「ここで待ってろ」

 そう言い残して俺も窓から外に飛び出す。
 ラスベルシア家の敷地外、街の家々の屋根を駆け抜け、飛び移るハヅキ。夜だから下着姿でも目立たずにいられる。
 俺は街道を蹴り、一歩で家の屋根を10個ほど飛び越え、ハヅキの背中を捕まえる。

「なっ!?」
「ちょいと失礼」

 動揺するハヅキを肩に担ぐ。

「ちょ、ちょっと! やめてくださいっ!!」
「オッサンが見ててあげるから、ちゃんと仲直りしなさい」

 そのまま俺の部屋にリターンする。

「ほれ、連れて来たぞ」

 ハヅキをアイの前に座らせ、2人に話をさせる。
 俺は後方で腕を組み見守る。

「……どういうことハヅキ。記憶喪失が嘘って、本当?」

 ハヅキは顔を背けたままだ。
 それから数分、沈黙が続いた。
 アイはハヅキが言葉を絞り出すのを待った。良い判断だ。沈黙が続くにつれ、プレッシャーは強くなっていく。連続して聞こえる雨音が、ハヅキの心を急かす。徐々にハヅキの唇が動き出していく。

「私は……多くの人を殺したのです」

 ハヅキはバツの悪そうな顔で、

「あなたに……アイ()()()に、合わせる顔なんて……!」

 ハヅキは両目から涙を流す。
 そんなハヅキを見て、アイも涙を流した。

 なるほどね。暗殺者として生き、手を汚した自分が、以前と同じようにアイと接するのは抵抗があった。だから記憶喪失したことにして、別人になったわけか。
 雨に濡れ、震えるハヅキの体を、アイは抱きしめた。

「馬鹿ね……! なんでもっと早く、私を頼らなかったの……!」
「アイ……ちゃん」
「苦しかったでしょ。寂しかったでしょ。もう絶対に、私から離れちゃダメよ……! 私が絶対、あなたを幸せにするから……!」

 ハヅキもまた、アイを抱きしめる。

「うん……うん!」

 少女たちの青く熱い友情。
 思わず微笑んでしまうなぁ、うん。
 俺は音が出ないように拍手する。

 ガタン。

 部屋の扉が開かれる。
 扉を開き、中に入ってきたのはパジャマ姿でご立腹な面持ちのユウキお嬢様だった。
 下着姿のハヅキと何故か抱き合っているアイ。
 後方で手を叩き、満足げな俺。
 
 部屋を見渡したユウキは理解の範疇を越えたのか、呆れたようにため息を吐く。

「夜中に、何をやっているのですかあなたたちは……」

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