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第二十三話 勇猛なる一撃

 戴宝式は歳の若い者から宝を受け取るらしい。
 まず当主の前に出てきたのは一番遅生まれのアイだ。

「アイよ。お前にはこれをやろう」

 当主の側に立つ従者が当主に杖を渡す。
 蒼い杖だ。杖の先には透明な宝珠がついている。

「お父様、これは……?」
「魔導書名アースブルー。杖に魔力を込めると、杖を中心として球型の結界を作り出す。お前をあらゆる災禍から守るようにと願いを込めた。お前なら上手く扱えるだろう」
「あ、ありがとうございますお父様! アイはこの杖と共に、カムラ聖堂院でトップに立ってみせます!」

 アイは跪き、杖を当主から受け取る。
 俺の神竜刀と同じ魔導書、特別な能力を持つ武具か。さすが大貴族、買ったらいくらするかわからんぞ。

 次に壇上に上がるは白い髪の少年ノゾミ君。中性的な美少年だ。
 今更だが、この一族は全員美形すぎる。優秀な血だな。

 当主が持ってるのは俺が腰にぶら下げているのと同じ武器種――刀だ。白い鞘に納められた刀。アレも魔導書だろうか。

刀術(とうじゅつ)を習っていると聞いた。お前にはこの魔を斬る刀、魔導書名幻魔刀牢(げんまとうろう)をやる。未来に待ち受ける闇を、この刃で斬り伏せよ」
「あ、はい。ありがとうございまーす」

 ノゾミ君は跪いてはいるものの、敬意を感じさせない軽い口調で受け取り、そのまま場を後にして席に座った。

「ったく、アイツは……」

 守護騎士のドクトはノゾミ君の態度に不満を表している。
 さて、ついに我が主のご登場だ。

「ユウキ=ラスベルシア。前へ」
「はい」

 前にユウキは雑巾でも渡されるかもしれない、と言っていたが、本当にそんなことあるのだろうか。
 今のところご当主様は厳格ながらもそこまで悪い人間には見えない。アイはもちろん、分家のノゾミ君に対してもちゃんと愛情を注いでいる感じだった。
 実の娘であるユウキにそんな酷いことをするようには思えない。

「貴様にはこれだ」

 当主がユウキに手渡すは数珠、ロザリオだ。黒い珠が連なったロザリオ。
 ん? 普通に良いモノじゃないか? 安物には見えない。

「あ、ありがとうございます」

 ユウキは思わぬ宝を前に戸惑いつつも、ロザリオを受け取る。

「これも魔導書なのでしょうか?」
「もちろんだ。着けてみろ」
「は、はい!」

 背中しか見えないが、それでもわかる。ユウキのやつ、かなり喜んでいるな。
 当然と言えば当然か。雑巾を渡されると思っていたら魔導書を渡されたんだからな。

 ユウキはロザリオを首に掛けた。肩が少し上がっている。緊張してるな。

「どうでしょうか……お父様」

 ユウキが、あのクールフェイス・クールボイス・クールハートのユウキが、甘えた声を出している。おいおい、なんかちょっと妬けてくるぞ。俺の前じゃ一切あんな声出さないってのに。

 当主の激励の言葉を、俺もユウキも待っていた。だが当主は言葉を返さず、右手を前に出した。

「お父様……?」

 一気に不穏な空気が流れ始めた。
 当主が手に、青いオーラ、魔力を纏う。するとユウキの首に掛けたロザリオが一気に縮み、ユウキの首を――締めた。

「え?」

 ガシ!! とユウキの首をロザリオは掴む。

「がっ、かはっ!!?」

 ユウキは苦しみ悶え、壇上を転げ落ちた。

「ユウキ!!」

 俺が出ようとすると、ドクトが槍を俺の前に出し、止めてきた。

「やめとけ。式典の最中だぞ」
「ふざけんな! このままじゃウチの主が……!」
「さすがに殺しはしないさ。ほれ」

 当主が手を引っ込めると、ユウキのロザリオが元のサイズ、緩さに戻った。

「はぁ……! はぁ……!」

 ユウキはなんとか意識を繋ぎ留め、膝をつく。

「ふむ。ちゃんと起動したな。それは魔導書名ブラッドロザリオ。我がラスベルシアの血を受け継ぐ者がそのロザリオに魔力を飛ばすと、ロザリオが収縮し首を絞める。アイ、ノゾミ、もしコイツが聖堂院内で暴走したならば、お前らでこれを利用し制圧せよ」

 アイはご機嫌に手を挙げる。

「はーい! お父様!」

 ユウキはすぐさまロザリオを掴み上げ、脱ごうとするが、なぜかロザリオはユウキの顎より上にいかない。

「無駄だ。そのロザリオはさっきの二つの魔導書の比じゃない額をつぎ込んで買った最上級の魔導書。破壊は不可能、そして一度装備すれば決して脱げない呪いをかけてある」
「そん、な……」

 なんだそれ。まるで首輪じゃないか……!

「これはさすがに――ひぐっ!?」

 異議を唱えようとしたユウキの首を、急にロザリオが締めた。そのせいで、ユウキから間抜けな声が出てしまった……。
 クスクスと、周囲のラスベルシアの人間が笑う。誰がユウキのロザリオに魔力を飛ばしたかわからない。候補が多すぎる。分家のノゾミ君も使えるってことは、分家の人間、遠縁の人間でもロザリオを縮められるってことだからな。

 すぐにロザリオは緩むも、ユウキの尊厳はボロボロだ。

「ユウキ……」

――信じられないモノを見た。

「……うっ……く……!」

 あの、気丈なユウキが……涙を流している。
 必死に声を押し殺しながら、泣いている。

「……もっと前から着ければよかったのに」
「……ふふふ。まるで犬ね、犬」
「……これで生意気な口きけなくなるだろ」

 誰もユウキを慰めない。それどころか、ユウキに聞こえる声で、悪口を言いやがる。

 酷い。さすがに酷い。
 吐き気がするおぞましさだ。

「いつまでそこに座っている? 早く退け」

 当主が追い打ちをかける。

 あんまりだ。あんまりな仕打ちだと思う。だけど――
 ユウキは言っていた。『私がどんな目に遭っても耐えてください』と。
 そう、ここは何もしないのが吉。
 わかっている。俺は大人だから、オッサンだから、無駄に長く生きているから……ここは傍観して、式典を穏便に終わらせるべきだとわかっている。それが大人の対応ってやつだ。

――何のために力を手に入れた?
――何のために力を求めた?

 どうしてオッサンになっても、荷物持ちになっても、俺は力を求め続けた? 冒険者であり続けた?
 弱いせいで立ち向かうことのできなかった不条理に、抗うためだろ。
 オッサンになっても、荷物持ちになっても、リザードマンになっても、捨てきれない理想の姿があったからだろ。
 泣いている女の子から目を逸らして、大人の対応をする自分は、本当に俺が追い求めた理想の自分か?

「違うだろ……!!」

 俺はドクトの槍を掴んでどける。

「当主に逆らう気かよ。正気かアンタ」

 ドクトが聞いてくる。

「……正気じゃないのはどっちだよ」

 俺はドクトの制止を振り切り、ユウキの元へ歩み寄る。
 全員の視線が集まってくる。

「……ダンザ、さん……」
「立てユウキ」
「いいんです。下がってください……私は、大丈夫ですからっ……!」

 この短い付き合いでわかったが、ユウキは笑うのが下手だ。恐らく自分でも自覚しているのだろう、だから滅多に愛想笑いもしない。

 そんな彼女が……笑った。下手くそに、笑った。

 まだ気丈に振舞おうとするユウキの姿を見て、より強い怒りが頭を支配する。

「いいから立て。そんでロザリオを上げろ」

 有無を言わせぬ迫力で俺は言う。
 ユウキは立ち上がり、ロザリオを掴み上げる。

「何を……するおつもりですか?」
「いいから、そのままジッとしてろ」

 キン。と、小さな斬撃音が辺りに響く。

「っ!?」
「……これでいい」

 俺は刀を鞘から引き抜き、ロザリオを――ぶった斬った。
 ロザリオについていた球がバラバラになって床に落ちる。
 この場に居る俺以外の全員が同時に息を止めた気がした。それだけの衝撃が、ここにいる人間たちにはあったのだろう。当主の前で、当主の贈り物をぶった斬ったんだ。気持ちはわからんでもない。

 俺は涙目で俺を見上げる少女の頭を撫で、当主に言い放つ。

「ご当主殿。どうやらあなたは粗悪品を掴まされたらしい」

 当主は眉をピクリと動かし、俺を睨む。が、構わず俺は続ける。

「……(やわ)(くさび)だ」

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