第151話 貧相な男子寮の朝食
「今日の朝食は……お粥?ああ、外れの日だわ、今日は」
そういいながらまんざらでもない表情のアメリアが厨房の前のトレーを手にする。そして椀に粥を取るとピクルスを瓶からトレーに移す。
「ったく朝から精進料理かよ……寺かよ、ここは」
一汁一菜と言った風情の食事をかなめはしみじみと眺める。
「必要なカロリーは計算されているはずだ、不満だったらそれこそ足りない分はコンビニで買ってくれば良い」
すべてをとり終えたカウラがそのまま近くの席に座る。自然に誠がカウラの隣に座ったとたん、一斉に視線が誠に突き刺さってくる。さらにアメリアが正面に、反対側にはかなめが座った。
三人とも別に気にすることも無く黙々と食事を始めた。誠は周りからの視線に首をすくめながら、トレーに入れた粥をすくった。
「いい身分だな」
カップ麺を持った菰田が食堂に入ってくる。誠は苦手な先任曹長から目を逸らす。管理部は豊川支部でも異質な存在である。隊舎の電球の交換から隊員の給与計算。はたまた所轄の下請けでやっている駐車禁止の切符切りの時にかなめが乱闘で壊した車の請求書の整理まで、その活動範囲が広い割にあまり他の隊員との接触が無い。しかも隊員にそれらに必要な書類をお願いに来るのは大概はパートのおばちゃん達なので、菰田の存在は寮では浮いていた。
さらにいつもカウラと一緒に行動していると言うことで、島田から関わらないように言われていることもあって、菰田にはヒンヌー教の教祖と言う以外のイメージがわいてこない。ヒンヌー教徒以外の隊員にとって副寮長である菰田の存在はあまり関わりたくないと言う印象のものだった。
「リゾットねえ、確かにここのそれは絶品なんだよな」
そんな菰田の姿はそう言いながらそのままカップ麺にお湯を注ぐべく厨房に消えた。
「そうだな。これはなかなか捨てたものじゃない。菰田もたまには良いことを言う」
カウラが菰田を褒める場面を誠は初めて目撃して思わずスプーンを取り落としそうになった。
「そうでしょベルガー大尉!俺はここの粥が一番好きなんですよ!」
カウラの言葉を聞きつけた菰田が、厨房から飛び出してきてそう叫んだ。だがすぐにカウラの顔が誠を見ていることに気づいて喜びの表情は消え去り、嫉妬に狂いながら再び厨房へと消えて行った。。
「アイツのカップ麺。ここらのスーパーの特売品の一番安い奴だぞ。アイツはケチだからな」
かなめは菰田が厨房に入ったままなのを良いことに彼の陰口を叩いた。そのタイミングでカップ麺にお湯を入れ終えた菰田が出てきて明らかに不服そうな表情でかなめをにらみつけた。
「西園寺さんが食べるわけじゃないでしょ?島田と違って俺には経済観念が有りますから」
そう言って誠達と同じテーブルに腰かけた菰田はまだ時間になっていないのにふたを開けてカップ麺を食べ始めた。
「菰田君。そのカップ麺、具がほとんど入ってないじゃない。経済観念以上に健康の方が心配になるわよ」
好奇心の塊のアメリアは菰田のカップ麺をのぞき込んで軽蔑するようにそう言った。
「クラウゼ少佐。余計なお世話です」
アメリアの茶々をかわすと菰田はテーブルに置かれたやかんから番茶をコップに注いだ。
「そう言えば部屋なんですけど、カウラさんとアメリアさんは二つのうちどこにしますか?」
明らかにアメリアとかなめを無視して菰田はカウラに話しかける。そのあからさまな態度にかなめの粥を掬う速度が速まった。
「私は別にこだわりは無いが」
カウラらしいと言えばカウラらしい無味乾燥な返事が菰田に返された。
「それじゃあお前が一番奥の部屋な。菰田達の変態行為がアメリアにバレて隊から追放される日が来れば万々歳だ」
そう言ってかなめはもう粥を食べ終えて菰田を皮肉を込めた笑みを浮かべてにらみつけた。その表情には明らかに量が足りないと言う副寮長の菰田に対する不満も含まれていた。
「やっぱり幽霊部屋は私のにしてくれない?幽霊を見てみたいし」
アメリアはまだ幽霊を見てみたいらしく満面の笑みを浮かべてそう言った。それを聞いてかなめが立ち上がって怒りの表情でアメリアを指さした。
「幽霊が見たいだ?そんなの口実だろうが!テメエがあそこの部屋にいるといつ階段を下りて神前を襲うかわからねえだろ?モテない三十女は黙ってろ!あそこはアタシの部屋だ!」
住環境にはこだわらないと言う割にかなめはあの部屋が気に入っているらしかった。
「今考えてみると、あそこに西園寺が住むのは考えものだな。アメリアより西園寺の方が危ない」
カウラはゆっくりと粥を掬いながら静かにそう言った。。
「どういう意味だ!カウラ!アタシが神前を襲うと?笑わせてくれるねえ、なんでアタシがこんな気の小さい男の相手をしなきゃなんねえんだ」
完全に菰田のことを忘れてカウラとかなめがにらみ合う。
「やめましょうよ。食事中ですし」
誠のその言葉で二人はおとなしく座った。誠の言うことはカウラとかなめは聞くという事実が食堂中に知れ渡る。痛い視線を感じて振り返った誠の目の前に、嫉妬に狂うとはどういうことかと言う見本のような菰田の顔があった。
「神前、お前に言われると腹が立つな」
そう言いながら菰田は麺を食べ終え、スープを啜りだした。
「菰田君……スープも全部飲むの?だから高血圧なのよ」
菰田を冷やかした後、アメリアの時々開く鋭い眼光のひと睨みでヒンヌー教徒の刺すような視線が止んで誠は一息ついた。
「でも、ここは本当に安くていいわね……家賃が。この部屋の賃料なら近くにロッカールーム借りても今の三分の一の値段だもの」
アメリアはゆっくりとリゾットをすする。
「しかし、島田の奴。将校に昇進したくせに何でここを出ねえのか?下士官寮だろ?ここ」
実はこの寮の別棟には数人の将校が暮らしているので実は『下士官寮』と言うのは名目だけだと言う事実を知っている誠はどうやらそのことを知らないらしいかなめの言葉にその事実をかなめが知った時の反応を想像して不安を感じていた。
「島田は将校と言っても准尉だ。それに島田が技術部長代理なのはあくまで正規の士官が技術部部長に着任するまでのつなぎだからな。確か部長の役職手当も島田には支給されていないはずだ」
かなめの愚痴に付き合ってカウラは島田の境遇を説明して見せた。いつものことながら見事なコンビネーションだと思いながら誠も粥を啜る。
一方、カップ麺のスープを飲み終えた菰田は明らかに不機嫌そうに見えた。