第150話 男子寮の朝食風景
「班長!飯の準備ができました!」
部屋を見回している誠達に向けて食事当番の下士官が声をかけに来た。
「ちゃんとアタシ等の分は用意してあるんだろうな?無かったら射殺するからな。ああ、オメエじゃねえ、射殺するのは島田と菰田だけだ」
部屋を見回していたかなめが食事当番の下士官に声をかける。
「ああ、もっと遅くなるって班長が言ってましたけど。大丈夫です。班長と菰田曹長の分を回しますから。班長には『西園寺さんには逆らうな』って言われてるんで」
食事当番の整備班員は気を利かせてかなめにそう答えた。
「朝早く着くなら最初に言っといて下さいよ……ああ、朝飯どうしよう」
かなめに幽霊部屋を押し付けたことに罪悪感を感じているのか、いつもは食って掛かるはずの島田ががっくりとうなだれた。
「自業自得でしょ?コンビニ弁当でも買って食えばいいじゃないの」
あっさりとそう言うとアメリアは勝ち誇ったように笑う。
「そんな金ねえっての!今月は俺のバイク旧車だから部品一つが凄い値段なんですよ……それに、今月はサラと三回映画見に行ったし」
島田の金遣いの荒さは誠も知っていた。まず、島田に経済観念と言う社会常識を理解させること自体が無理なのはいつもの馬鹿っぷりを見れば誰にでも分かることだった。
「サラに買ってきてもらえば?彼女なんでしょ?お金くらい出してくれるんじゃない?それにたぶん今だったらまだアパートに居るでしょうから、電話してパーラの車をコンビニに寄るように頼めばいいじゃない」
アメリアの言葉を聴くと、島田は弾かれるようにして携帯を持ってそのまま消えていく。
「すまんなあ菰田。アタシ等は飯食ってくるから掃除の段取りとか考えといてくれや。どうせ隊に持ち込んでるカップ麺の買い置きがあんだろ?それでも食って自分の無策ぶりを嘆いてろ」
うなだれる菰田の肩を叩きながらかなめ率いる一行は食堂を目指した。
「飯付きか……やっぱ良いよな。アタシは料理ができねえから……助かるわ」
かなめには料理どころか家事全般を期待することが間違っている。誠はそう思っていた。
「さすが……甲武一の貴族様でいらっしゃることで。何もかも召使がやってくれてたんでしょ?まあ、私も食事は外食で済ませてるから人の事は言えないか」
アメリアはそう言って苦笑いを浮かべた。
「そう言えばアメリアはよくこの寮の神前の部屋に泊まっていると聞くが……ここの食事は食べた事が有るのか?」
カウラの言葉にかなめはアメリアを怒りの表情でにらみつけた。
「そんな誤解を招くようなこと言わないでよ。誠ちゃんと二人っきりだなんてそんな……サラとパーラが一緒にいるわよ。コントのネタ作りとか、深夜放送を聞いたりとか……まあ、結構おいしいわよ。ここの料理。夜起きてる隊員が居れば夜食も用意してくれるし。結構便利よ、ここ」
寮の環境を褒めるアメリアを見ながら誠はかなめが妙な誤解をするような発言をアメリアがしなかった事実に安堵した。
「そりゃあよかった……飯は期待できるわけだ。良い環境じゃねえか」
「そうよ、しかも格安の家賃。『事故物件』のうちのマンションより安いんだもの。これで色々自由に使えるお金が増えるわね」
アメリアはどうやらこの寮がかなり気に入っているらしい。確かに誠もこの寮での生活においては島田の無茶に付き合わされることと、常に菰田達に監視されていること以外は不満は無かった。
「サラはちゃんと起きられたかしら。あの娘、休日の朝に弱いのよね……」
そう言うとアメリアはさっさと食堂に入った。ご機嫌なかなめと真顔のカウラの後ろをついて誠も食道に入る。一部に冷ややかな視線を投げてくるのはカウラに異常な執着を持って誠に嫉妬しているヒンヌー教徒達だった。
「おい、神前。ギャラリーが注目してるぞ。いい身分じゃねえか、うらやましいねえ」
トレーを手にしながら立つかなめの姿がタレ目を際立たせる。彼女が食堂中を見回るが、ヒンヌー教徒では無い多くの隊員は三人を珍しそうに眺めているだけだった。誠はその注目がいつ殺意に変わるか分からないものだと感じていたので、明らかにヒンヌー教徒達の視界に入らないようにルートを選んでかなめ達に続いた。