第47話 慌てるな。契約前に知りたいことがある
汚染獣が王都を襲ってから数日が経過した。
貴族街は壊滅的な被害を受けていて生存者は少ない。特に王族を嫌っている反王族派に所属している貴族どもは大打撃を受けたようである。
どうやら運悪く派閥の集会があったらしいのだ。
参加者は漏れなく死亡、その中には公爵家の跡取りもいたらしいので、大きな騒ぎとなっている。
勢力的にはドルンダ派が有利な状況になり、地盤は確固たるもになったと聞く。
生き残った貴族たちは、今回の事件で大きな利益を得たという訳だ。
一方、平民街の方には汚染物質が少し残る程度の被害しか出ていない。死亡者はゼロだった。
小型の汚染獣は突如、王都に出現して、貴族を狙って襲撃をしたことになる。
あり得ないと、今までであれば否定しただろうが、セレーヌの存在を考えれば意図的に破壊工作を行ったとも考えられる。
強力な瘴気をもち不死身の特性まであるが、倒せないというわけではない。
最終的には封印の魔法によって身動きが取れないようにすれば良いだけである。
契約の日は近い。
セレーヌの正体を探るためにも、俺たちは着々と準備を進めている。
* * *
指定された日が来た。
一緒に戦ったメンバーと、セレーヌが封印されていた洞窟の奥まで来ている。
目の前には地底湖が広がっていて、今回は話しやすいように小さな丸テーブルまで持ってきた。上には契約の魔法に使う羊皮紙が乗っている。契約魔法を発動させる魔方陣が描かれていて、箇条書きの文字もあった。
少し遅れてセレーヌが来るとテーブルに置かれた羊皮紙を見た。
「これが契約書なの?」
「そうだ。見るのは初めてか」
「ええ、今まで聞いたことしかなかったわ」
汚染獣同士で契約をしないのであれば初見というのは納得だ。
セレーヌは【契約】魔法は知っていても詳細までは把握してない。そう確信した瞬間だった。
「契約内容は簡単なものにしておいた。『ポルンはセレーヌが指定する汚染獣を一体倒す』『セレーヌは指定した汚染獣が倒されるまで連絡がつくようにし、ポルンへの支援を惜しまない』『ポルンがセレーヌの指定した汚染獣を倒した後、セレーヌは樹海を支配して汚染獣が外に出ないよう努める。万が一、汚染獣が樹海の外にでた場合は、誠意を持って人類側の被害が最小限に収まるよう対処する』の三点だ」
前回の話を踏まえて俺がやってほしいことをまとめた内容だ。
協力するだけでなく支援させるところまで言及して、依頼中も関わるようにさせている。これでセレーヌの動向は常に確認出来るようになるので、裏でコソコソと動きにくくなるはずだ。
「支援を惜しまないってのが気になるわね。もう少し具体的にかけないかしら?」
指摘されるとは思っていたので用意していた言葉を伝える。
「それは難しいな。俺が行くのは未知なる樹海だ。どんな支援が必要かなんて分かるはずがない」
「言い分は分かるけど、だからといって範囲が広すぎるわ。この書き方なら、変なことをされても拒否できないわよ」
「変なことって……」
「あら。ポルンは汚染獣にすら欲情する変態じゃないの?」
「なわけあるかッ!」
と言いつつ、ドレスに包まれた丸みを帯びた胸は気になって、先ほどからチラチラと見ていた。それを指摘されたのだろう。
男というのはそういう生き物なんだから仕方がないのだ……って、なんだか周囲の気温がいっきに下がった感じがする。
そういえば、交渉を見守っている仲間たちの視線が冷たい。
この話題は危険だ。
元勇者の直感が話題を変えろと、強くささやく。
「話を変えて俺を動揺させる作戦か? その手には乗らないぞ」
ごほん、と軽く咳払いをする。
よし、ごまかせた。
「支援の内容だが、『セレーヌは指定した汚染獣が倒されるまで連絡が付くようにし、可能な限りポルンへ物資や金銭、人材の支援また情報提供を惜しまない』に変えればいいか?」
「まぁいいわよ。ちなみにお金なんて持ってないわ。物だって人間に使えるものはないけど、それでいい?」
本当かどうか疑わしい発言であるものの今は突っ込まない。
相手が思い通りに進んでいると思わせて、さらに慢心させておく。
「構わない」
「ならいいわ。文句ないわよ」
話がまとまったので、様子を見守っていたベラトリックスが契約の内容を書き換えてくれた。
これで支援内容も先ほど言われたとおりにしなければいけない。
「では、契約しましょうか」
「慌てるな。契約前に知りたいことがある」
羊皮紙に伸ばしたセレーヌの手が止まった。
「何かしら?」
「倒すべき汚染獣の情報だ」
大型の汚染獣で、不死身の特性を持つセレーヌが倒せない相手だ。
本来なら最初に確認するべきことだった。
「相性が悪くて逃げたことは教えたわよね? アレは私と同じく人類で言う大型の汚染獣で、拘束の特性を持っているのよ。その気になれば一度発動させるだけで、指定した相手を数年も拘束する力を持っているの」
ようは封印みたいなことをされるから不死でも意味が無いと言いたいのだろう。
確かにセレーヌとは相性が悪そうだ。
「そんな強力な拘束能力を持っていたら俺だって抵抗出来ないだろ?」
「瘴気を固めて拘束する能力だから、光属性さえあれば大丈夫よ。私とは違って逆にポルンとは相性が良いの」
「その話、本当か?」
「すぐにバレる嘘なんてつかないわ」
最悪、契約した後に質問すれば真偽は確かめられる。セレーヌが言った通り、この場で嘘をつく意味はなかった。