第48話 演技はその辺にしておけ
「わかった。その話を信じてやる。契約しよう」
お互いに羊皮紙を手に取る。
ベラトリックスが俺とセレーヌを交互に見てから口を開くと、【契約】の魔法が発動した。
羊皮紙が光り出すと体に入り込む。汚染獣に効果を発揮するか疑問もあったが、あっさり終わってしまったようだ。
もし【契約】魔法が効果を発揮しなければ、テレサに調べてもらい、トエーリエに用意してもらった汚染獣にも効く【封印】の魔法を発動させようと思っていたが、準備は不用だったみたいである。
怪しく笑うセレーヌは計画通りに進められていると思い込んでいるだろう。
今回の契約には大きな欠点があるのに気づけていない。
討伐の期限を設定してないことだ。
指定された汚染獣を一体倒すしか決められてないので、極端な話、死ぬまで何もしなくても問題にはならない。一方でセレーヌは討伐が終わるまで協力し続けなければいけないのだ。
実態はかなり不平等な内容になっているのである。
それに仕掛けた罠はもう一つある。
「これで私たちは運命共同体ね」
「そうだな、メルベル」
セレーヌの眉がピクンと動いた。
「運命を共にすると決めたばかりなのに、違う女の名前を言うなんて酷い男ね。あなた、モテないでしょ」
「演技はその辺にしておけ」
「……どうしてそう思うのかしら?」
「契約の魔法とは記載した内容を守らせるために、お互いが持つ真実の名前で縛るんだ。要するに、魔法が正常に発動すれば本人たちに本名が伝わるんだよ。偽名は無効化される。当然、契約書に記載されていた名前も自動で書きかわる。ズルはできないようになっているんだ」
これは偽名を使って契約しようとするヤツらが続発したことで、数年前になって改良し、加えられた機能だ。
普通は偽名なんて使わないので、あまり知られていない。セレーヌも気づいてなかったようである。
「嘘だと思ったら体内にある契約書を確認してみろ」
「……どうやら本当のようね。驚いたわ」
「それはこっちのセリフだ。汚染獣が本名を使って国の中枢にまで潜り込んでいるんだからな。目的は何だ?」
仲間たちが警戒態勢に入った。俺が命令すればすぐに戦える。
ピリピリと肌に突き刺さる殺気がこの場に流れていた。
「………………ふぅ」
長い沈黙の後、ため息を吐いた。
「昔いた勇者ソーブザに封印されて数十年、意識はあるけど何も出来ず、真っ暗な狭い空間でずっと一人過ごしていたの。死んで終わらそうとしても復活するし、最悪な時間だった。もう、そんな生活はいや。だから、この国からまともな勇者を追い出して、裏から操ろうとしたのよ」
昔のことを思いだしたからかセレーヌ、いや、メルベルは小刻みに震えていて涙目になっていた。
汚染獣は何を考えている変わらない不気味な存在だと持っていたが、人間らしく振る舞われると正直なところ反応に困る。
契約魔法の補助もあるので、先ほどの話に嘘はないだろう。
「勇者を殺そうとは思わなかったのか?」
「アンタみたいな人気者を殺したら、後が怖いじゃないっ! 他国の勇者が次々とくるはずよ! それに失敗したらまた封印されるかも、と思ったら怖くて実行できない。追放が一番良いと思ったの!」
震えが大きくなった。セレーヌの体がガタガタと震えている。トラウマを刺激してしまったようだ。
情緒が不安定なのは長い間、孤独に過ごしていた影響だろうか。
出会ったときのような傲慢さは消えていて、か弱い存在に見えるが、勘違いしてはいけない。メルベルは大型の汚染獣で、その気になれば国を滅ぼすことすらできる力を持っている。
「だから人間に成りすまし、ドルンダやプルドを利用したというわけか」
「そうよ。すべてはポルンだけを遠くに行かせる為の計画だったの。計算外だったのは新勇者が思っていた以上に使えなかったのと……勇者じゃないのに、女遊びより汚染獣を優先する変態がいるってことよっっ!!」
涙を浮かべた目でキリッと睨みつけられてしまった。
恨みがこもっていそうだけど、あんまり迫力を感じない。怯えが含まれている。勇者という存在自体に苦手意識を持っているのは間違いなさそうだ。
「何を言っているんだ。汚染獣が近くにいたら倒すだろ?」
「普通は新勇者に任せて逃げるわよ!」
「そんな無責任なこと、誰もしないよな?」
同意を求めるため、ベラトリックスたちを見ると目をそらされた。
「え? 違うの?」
疑問に答えるために、テレサが重い口を開いた。
「ポルン様のご意見を否定してしまうのは畏れ多いのですが……引退された勇者は例外なく、汚染獣との戦いをやめて平和な暮らしをしていました。中には、ギャンブルや女性に溺れる人もいるほど、平和な生活を堪能していたようです」
それは知らなかった。
てっきり体が動かなくなるまで戦い続けているもんだと勘違いしていた。
「ほらっ! 異常だってわかったでしょ!」
「勝ち誇ったように言われても困る……」
腰に手を当てて胸を張りながら言われて戸惑うばかりだ。こう、人間くさいんだよな。
社会に溶け込もうとして頑張った結果、残念な方向に進化してしまったのだろうか……。まぁ考察は後回しでも良いか。今なら何でも言ってくれそうなので、この前、はぐらされた質問をする。
「二体現れた小型の汚染獣はお前の仕業か?」
「両方とも私の手下よ」
「なるほどねぇ……山脈にいた汚染獣を倒した後に出てきた黒い球はなんだ?」
「大型の汚染獣になりかけていただけよ。あと一年ぐらい放置してたら、楽しいことになっていたわね」
あいつら成長するのか! 生物だと思えば当然ではあるが、見落としていたので驚いた。
「ねぇ、素直に全部話してるんだから、ちゃんと倒してくれるのよね?」
話している途中で心配になったのか、セレーヌが聞いてきた。
「契約書の内容は守る。それでいいだろ」
「今はそれで納得してあげる。疲れたからお話は今度にしましょ。それじゃ私は帰るわね」
くるりと反転して背を向けた。
「待て。これから王国をどうするつもりだ?」
契約を終えた今、俺が不利になるような嘘はつけない。この質問は正直に答えるしかないだろう。
「そうねぇ……ドルンダはそのうち殺して、息子同士で争わせるわ。それで私は第四王子のプルドを次期王にするの」
「なぜアレを王子に?」
「ドルンダや他の王子は、他国を攻めて領土を拡大させようとするほど欲深いの。身を隠したい私にとっては都合が悪いのよね。で、この話を聞いたポルンはどうするつもり?」
正直なところ、クビになった時点で国との縁は切れている。友人や顔見知りは何人もいるが、だからこそ平和に過ごして欲しいと思う。
そういう意味ではセレーヌの方針は悪くない。
戦争なんてしてほしくないのだ。平和な日々を過ごして欲しいと願っている。
「何もしないし、誰にも言わない」
「よかったわ。ポルンのお仲間も黙っていてね。もし、情報が漏れたら……他国への侵略戦争が始まるわよ」
最後に軽く脅してくると、メルベルは俺たちから離れて洞窟から出て行ってしまった。