第46話 簡単に約束するじゃないか。本当に守れるのか?
「であれば、別の人間に任せれば良い」
「フラれちゃったわね。光教会を襲って適任者を探そうかしら。見つかるまで何人殺せば良いのか、今から楽しみだわ」
王都ではなく光教会を襲うと言い放った。
結局やること変わらないじゃないか!
汚染獣にとって人類なんてゴミ同然という扱いなのかもしれない。
「……それは許さない」
「だったら依頼を受けてくれるかしら?」
「依頼と言ったな。だったら、報酬はあるんだろうな」
「へぇ、そうくるのね。面白いわ」
別に金や物が欲しいから言ったわけではない。
奴隷のように一方的に使われる関係ではない、対等であると意思表明するために言ったのだ。
「うーん。そうねぇ……報酬なんて考えたことはなかったわ。何があったら嬉しいの?」
「汚染獣が二度と樹海から出ないようにして欲しい」
本当は撲滅なのだが、俺の代で達成するのは不可能だ。そのぐらいは分かる。
だが被害を減らすことなら可能だろう。
特にセレーヌが縄張りを拡大して樹海の大半を支配できるようになれば、実現性はグッと上がる。
「良いわよ」
「簡単に約束するじゃないか。本当に守れるのか?」
「もちろん。私たちは本来、住み心地の良い樹海から出たくないのよ。それでも仕方なく外に出なきゃ行けないときがある。なぜだか分かるかしら?」
「セレーヌみたいに他の汚染獣から追い出されるからだろ」
ピクッと眉が僅かに上がったのを見逃さなかった。
俺が言ったことはプライドを傷つけたのだろう。ということは、事実と受け取って良さそうだ。
「正解。生存競争に負けて樹海に居場所がなくなると外に出るのよ」
ということは樹海にいる汚染獣は相当強いことになる。
厳しい戦いになりそうだ。
「でも、一つだけポルンは間違っている。私は争いに負けて樹海に出たわけじゃないの。相性が悪いと気づいて一時撤退しただけよ」
それを世間では負けというのではないのだろうか? と言ったら、生きているから勝負は付いてないとか言いそうだな。
撤退した先で勇者に封印されたクセにプライドだけは大きい。
「で、俺を使って最終的に勝つ計画なんだろ」
「そのとおりよ」
「だったら依頼達成の見返り、汚染獣を外部に出さない約束は守れるよな?」
「そうねぇ……外に出さないとまでは約束できないけど、逃げ出した汚染獣を私たちの手で殺すことはできるわ。それで良いかしら?」
「被害が出る前に倒すと約束してくれ」
「できる限り頑張るわ」
「それじゃ交渉決裂だな」
近くにいる四人へ声をかける。
「誰か俺を担いでくれないか。王都を出よう」
まともに話せるようになったが体は動かせない。運んでもらう必要があったので頼むと、ベラトリックスが駆けつけると俺を抱きかかえてくれた。
胸が当たる。柔らかい。良い匂いもするし、幸せだ。
「ね、ねぇ、本当に帰るつもり? もう少し話しても良いじゃないかしら?」
先ほどとは変わって余裕のなさそうな態度だ。
思った通りの反応だ。セレーヌの目的を達成するためには光属性に適性があるだけじゃ足りない。大型の汚染獣と対等以上に戦える実力が無ければ行けない。
そんな存在、世界中を探しても数人いれば良い方だ。実際に倒せた人に限定するなら俺ぐらいだろう。
別を探すと強気で言っていたが、適任者が見つかる可能性は非常に低い。また正体を現したことで情報は広まってしまうので、探している間に封印される可能性だってある。
情報が出そろった今、今回の交渉はセレーヌだって完全に優位というわけじゃないのだ。
「依頼達成の報酬すら約束できない相手と話すことはない」
大型の汚染獣相手に一歩も譲らない態度を取ると、俺を抱きしめているベラトリックスの鼻息が荒くなった。口が耳元に近づいて「素敵です」なんて熱っぽい声で言ってくる。
抱きしめられている状態でそんなことを言われたら下半身が元気になろうとしたが、少し離れた場所でトエーリエが無表情で俺を見ていることに気づき、興奮は急降下していった。
すごい恐怖を感じたが、交渉の最中だったので助かったぞ! そう思うことにした。
「わかった。わかったわ! 樹海の大半を支配できたら、外に出る汚染獣を出さないと誓う」
「その誓いにどれほどの価値がある? 依頼を達成した瞬間に裏切るなんて人類ではよくあることだ。信じられん」
「だったら契約の魔法を使えば良いじゃない」
後で切り出そうと思っていたが、相手から提案してくるとは都合が良い。
裏切りに着いての心配は【契約】の魔法を使えば解決する。契約条件が書かれた羊皮紙を体内に取り込むことで、お互いの言動を縛れるのだ。
もし条件を破ろうとしたら耐え難い痛みが続く仕組みとなっている。契約成立するとお互いの名前もわかるため、初対面で重要な取引をするときによく使われる魔法だった。
「いいだろう。だが、契約書の作成に時間がかかる。この場ではできない」
「では一週間後、例の洞窟で会いましょう」
「わかった」
「待っているわね」
セレーヌは跳躍すると屋根の上に乗り、そのままどこかへ行ってしまった。
王都の危機は去った。
「ポルン様、本当に契約するんですか?」
抱きかかえてくれているベラトリックスが聞いてきた。
集まってきている三人も同じ疑問を持っていそうだな。
「すぐにじゃないが、そのうちなら受けても良いと考えている」
自由になったのだから数年は女遊びをするつもりだ。満足したらセレーヌの話を受けても良い。
だから、こちらが用意する契約書には期限といった具体的なことは書かないつもりである。
気づかなければよし、もし文句を言ってくるなら封印して黙らせてやるさ。