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地の巻

廃工場跡は静寂に満ちていた。

日中だというのに、建屋内は薄暗い。

以前、ここで闘った時とは、また違った緊張感が漂っている。
張り詰めた空気が、針で刺すように神経を逆なでた。

入口に、九つのシルエットが見える。

神武時空を先頭に、神器を(たずさ)えた乙女たちだ。

「気をつけろ、みんな」

時空が、前を向いたまま声を掛ける。

皆、黙って頷いた。

例の挑戦状が罠である事は、まず間違いない。

今回も、どんな汚い手を使ってくるか……

僅かの油断も命取りになる。

崩れかけた通路に沿って奥へと進む。
廃材の陰から襲われるのではと、皆緊張の面持ちだった。

以前赤角と闘った場所を通り抜けると、かなり広い空間に出た。
周囲の壁には鉄製の棚が林立し、天井にはクレーンが複数吊り下がっている。
どうやら、ここは資材倉庫らしい。

「誰もいないわね」

尊が、辺りに目を配りながら呟く。

「ああ、なんの気配も無い」

そう答えて、時空も眉を(ひそ)めた。

挑戦状を送りつけた以上、敵も相応の布陣で臨んでくる筈だ。
当然派手な出迎えを覚悟していたのだが、今のところ何の動きも無い。

「どう思う?」

そう言って、時空は仄の方を顧みる。

仄は何も答えず、その場で静かに目を閉じた。

突然、彼女の体から白い霧のようなものが漂い出てきた。
そして徐々に広がると、倉庫内の隅々に伸びていく。
その光景を、全員が固唾を呑んで見守った。

「いないわね……」

しばらくして、薄目を開けた仄が口を開く。
同時に、広がっていた霧が一瞬で消え去った。

「ここに、饒速日命(にぎはやひのみこと)はいないわ」

「今のは何ですか?」

神妙な顔で報告する仄に、柚羽が尋ねる。

威光(いこう)を探ってみたの」

「威光?」

柚羽が、不思議そうに首を傾げる。
それを見て、仄は笑みを浮かべた。

「私たち古代神は、人間には無い固有の波動を持っているの。あなたたちが【威光】と呼ぶものよ。それは自らの意思に関係無く、常に私たちの体から放出されている。転生したからといって、無くなるものではない。そして、それは上位神ほど強く大きくなるの」

両手を広げ、説明する仄。

「ははぁ……それで神社に行くと、なんか身が引き締まるんすね」

晶が、納得したように相槌を打った。

「その通り。元々は人間に神の威厳を知らしめるためのものだから、感じ取ってもらえたなら光栄だわ」

そう言って、仄は小さく声を出して笑った。
晶が照れ臭そうに頭を掻く。

「私は最高神だから、八百万神(やおよろずのかみ)全ての威光を見分ける事ができるの……この場所に、アイツがいないのは確かよ」

「じゃあ、俺たちをここに呼んだのは、一体……」

そこまで言いかけて、時空の言葉が途切れる。

ウィィィィ……ン!!!

突如、不気味な音が倉庫内に響き渡った。
それは、何かの駆動音に似ていた。

全員の身に緊張が走る。

「な、何!?あの音……」

「何かの機械が動き出したみたいだけど……危ないっ!」

あたりを見回す鈴に、話し途中の幽巳が飛びかかる。
二人が地面に転がるのと、それが落下するのと、ほぼ同時だった。
地響きをたて地面に食い込んだのは、巨大なクレーンだった。

「大丈夫?」

幽巳が起き上がりながら、声をかける。

「……ええ。ありがとう」

差し出された手を握り、鈴が答える。
顔から血の気が引いていた。
無理もない。
幽巳がいなかったら、直撃していたところだ。

「大丈夫か!?二人とも」

時空が急いで駆け寄る。

「皆、注意しろっ!」

二人の無事を確認した後、時空は全員に向かって叫んだ。
その声を皮切りに、天井のクレーンが次々と動き出す。

ウィィィィ……ガシャン!!!

重機とは思えぬ素早さで移動すると、少女たち目掛けて落下した。

間一髪で回避するも、すぐに元の位置に吊り上がり、移動と落下を繰り返す。

「まるでUFOキャッチャーね」

「な、何のんきな事言ってるんすか!」

笑みを浮かべる仄に、頭を抱えた晶がツッコむ。

「頭上に気をつけろ!」

時空は落下を避けながらも、皆の状況を確認した。

仄は体を捻り、紙一重でかわしている。

幽巳は霊那をかばいながら移動していた。

尊と柚羽は、やはり鈴をかばってかわし続けている。

晶と凛は、(そろ)って頭に手をやり逃げ回っていた。

「埒があかないわね。一旦、この場所から移動しましょう」

仄が、余裕の表情で進言する。

さすが元女神さまだ。

キモがすわっている。

時空は頷くと声を張り上げた。

「皆、入口に走れ!」

その言葉に、全員が入口へと走る。

「……まったく、しぶとい連中だ」

突然、背後で声がした。

聴き覚えのある金切り声だ。

「一人でも邪魔な奴を減らそうと思ったが……やはり、こんなものでは駄目か」

「……お前は!?」

振り向き様に時空が吠える。

睨み付ける視線の先に、一体の異形が(たたず)んでいた。

全身黒装束に、額から突き出た赤い角。

それは、宿敵の赤角だった。

「やはり、お前の仕業だったか!どうりで卑劣なやり口だと思った」

憤怒の形相で言い放つ時空。

「ふん、何とでも言え……俺は八握剣さえ手に入れば、お前らの命などどうでもいい」

そう言って、赤角は皮肉な笑みを浮かべた。

「性懲りも無く、まだ狙ってるの?よく飽きないわね」

時空が答える前に、横から仄が口を挟む。

「おお。これはこれは、天照大神(あまてらすおおかみ)様……いや、今は伊邪那美(いざなみ)(ほのか)とお呼びした方がよろしいかな」

わざとらしく腰を曲げ、赤角が応える。
丁寧な口調だが、目は憎しみに燃えている。

「別にどちらでもいいわ。虫唾(むしず)が走るのは一緒だから」

にこりともせず言ってのける仄。
こちらも、見返す目が氷のように冷たい。

「まさか、あなたが裏で暗躍しているとは思いませんでした。どうりで、神器を持つ邪魔者が増えるわけだ」

赤角が(おど)けたように皮肉る。 

「【あの方】も、いたくご立腹しておられます。仮にも神であるあなたが、人間ごときのためにここまでするとは……」

両手を広げ、嘆くように言う赤角。

「……いかがでしょう。ここで取り引きといきませんか?あなたが手を引いて下さるなら、今この場にいる者たちには手を出しません。勿論、八握剣は渡して頂きますが」

「ふざけるな!そんな事を信じると思っているのか」

横から時空が声を荒げた。
側で聞いていた尊たちの表情も、一斉に固くなる。

「今まで、お前らがやってきた事を見れば分かる。そんな手には絶対に乗らない。俺たちが今日ここに来たのは、お前たちを倒すためだ!」

激昂に身を震わせながら時空が言い放つ。
瞳には、怒りの炎が揺れていた。

大切な友を(あざむ)き、(おとしい)れ、傷つけた奴の言う事など聞くに値しない。
たとえ神であろうと、人の命を平気で奪う者は断じて許さない!

「……だそうよ」

時空の言葉を受け、仄が肩をすくめて見せる。

「さっさと帰って報告なさいな。アナタたちの親玉──饒速日命に」

(あざけ)るような仄の口調に、赤角の形相が一気に変わった。

「図に乗るなよ、人間ふぜいが……」

頭巾から垣間見える両眼が光り出す。

「女神といっても、転生した今は人間と同じ。大した力も無いくせに……」

吐き出す言葉には毒気が込もっていた。

「ならば、全員まとめてこの世から消し去るのみ!」

赤角は両手を差し上げながら叫んだ。

そのまま、何かの呪文を唱え始める。

たちまち、倉庫内のあちこちに黒い靄が出現した。

幾度も目にした凶々(まがまが)しい靄……

それが異形を呼び込むための(ゲート)である事を、時空はすでに理解していた。

キィィィッ……!

グルルル……!

ズン……ズン……!

様々な奇声や足音が、空気を揺るがす。

やがて大小の靄の中から、そいつらは姿を現した。

黒装束の大群、狛犬(こまいぬ)、そして仁王が二体。

かつて時空らを苦しめた異形たちが、こぞって集結しようとしていた。

まさに、総力戦の様相だ。

時空らも、中央を背にして円陣を組んだ。

どの表情も、いつもより険しい。

「……すごい数ね」

尊が、震え気味の声で囁く。

「ああ……だが味方の数なら、こちらも増えている」

言いながら、時空はちらりと仄に視線を送った。
それに気付くと、少女はニコリと微笑んだ。

「さて、どうする?時空」

仄の問いかけに、時空は全員の顔を見回した。

どの顔も、極度の緊張に硬直している。

だが、怒りの炎が消えていない事は、目を見れば分かった。

自らの大切な者を傷付けた憎っくき敵。

その敵を倒したいという闘志が、恐れや不安を凌駕しているのだ。

時空は前に向き直ると、力強く言い放った。

「やるしかない!」

その言葉に、皆各々の神器を手に取った。

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