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2-1:天然の要塞


 夕刻になる頃、私たちの進む先に渓谷が見えて来た。
 

「うわぁ~本当に山が壁になっているみたいだ」

 馬車の窓から見えるそれはまさしく天然の壁だった。
 既に日が傾きオレンジ色の陽光がその山々を照らしている。

「どうにか渓谷まで来られたか。この辺は物騒な魔物が多いからな、渓谷に入ってしまえば黒龍の縄張りとなり、魔物も近寄っては来ぬが」

 アマディアス兄さんはそう言いながら窓の外を見る。
 するとマリーがぽつりと言う。

「どちらにせよ、もうローグの民が私たちを見ているでしょう。ここまで来ればもう安全圏と言っても過言ではありません」

「もうつけられているか?」

 マリーのその言葉に反応するアマディアス兄さん。
 しかし更に反応する人がいた。

「に”ぁッ!? それ本当かニャ!?」

「くっくっくっくっくっ、敵意が無いので私にも良く分かりませんが既に二人……いや、三人はこの馬車を見ているようですね」

 アビスもそんな事を言っている。
 でも、カルミナさんに気付かせないとか、やっぱローグの民って相当なんだなぁ。


「どちらにせよ、こちらは招待されたのだから問題はないだろう?」

「でしょうね。このまま進んでも大丈夫でしょう」

 アマディアス兄さんはそう言って深く座り直す。
 マリーはマリーで面白く無さそうにしている。
 
 そう言えばマリーはなんでジマの国の騎士をやめたんだろう?
 その話を聞くといつもはぐらかされる。
 言いたくはないのだろうけど。

 でも今回は私が御呼ばれしたからマリーも渋々ついて来ている。
 というか、この旅でやたらとくっついてくるので困る。
 せっかくエシュリナーゼ姉さんや、アプリリア姉さん、エナリアがいなくて気が楽だったはずなのに。

 そんな事を思いながら夕日が沈む中、私たちはその渓谷へと入ってゆくのだった。


 * * * 


「予定より遅れているか?」

「はい、このままいけば真夜中になりそうです」


 アマディアス人さんは護衛の隊長に確認を取る。
 このまま進んでも渓谷を抜ける頃には真夜中になってしまう。
 流石に真夜中にお城に行くわけにもいかないので、今日はここで休むことにする。
 
 マリーたちの話だと、渓谷に入ったところから黒龍の縄張りで、魔物たちは近寄っては来ないそうだ。
 ここから王城までは約半日らしいので、致し方ないだろう。


「そう言えば国境の関所とかないの?」

「渓谷は、普通の者は問題無いので素通り出来ますが、流石に街に入る時はそうはいきませんね」

 マリーは夜食の準備をしながらそんな事を言っている。
 煮込んだスープに、パンとチーズ。干し肉なんかもある。
 旅路に日持ちのするものばかりだが、マリーが作ったものはどれも美味しい。

「街には流石に検問があるって事か~」

「だよね、じゃなきゃ変なの入って来られちゃうもんね」

 エイジもマリーが作ったスープを食べながらそんな事を言っている。
 とは言え、密偵などが潜入するにも普通の検査じゃわからないのが本当の所。
 私を襲ったあの刺客もブルーゲイルに入る時は検問とか受けたんだろうなぁ。

 行商人とか余計に検査が難しくなるから、実際には素通りに近いんだろうなぁ。


 まぁ、前世の日本だって入国審査とかやってるわりには犯罪歴のある外国人いっぱい入って来てるしね。
 入国審査で身体検査や手荷物検査は流石に厳しいから麻薬や拳銃とかは捕まっているみたいだけど。

 そう言った化学技術の道具がないこっちの世界じゃ駄々洩れになってしまうのは仕方ない。


「しかしジマの国にはローグの民がいる。実際には今も監視をされているのだろう?」

「はい、確実に」

 アマディアス兄さんの声を低くした質問にマリーも同じく小声で答える。
 その辺は仕方ないんだろうなぁ~。
 あっちでカルミナさんがいじけてるけど。

 と、ふと前に読んだ【探索魔法】と言うのを思い出す。
 確か周辺にいる魔素を含んだ魂を探す魔法だけど、確かこう……

 私は魔力を練って、ソナーのように全方向へ魔力の波を発生させる。
 波が一定の間隔で広がって行く中に、ある程度の大きさの魂をが反応すると、その波が乱れて次の波とに誤差が出て、何かがいるのが分かる仕組みだ。
 そしてその魂から跳ね返って来る私の魔力の波を解析すると近くに誰がいるかすぐわかる。

 スプーンを咥えながらその魔法を発動させると……


「ぶっ!」

   
「アルム様、どうしましたか?」

 思わずスプーン事スープを噴き出してしまった。
 分かっているだけで、私たち以外にこの周辺に三十にも及ぶ反応があった。
 いや、そのうち一つはこの真下ってどう言う事!?


「真下に何かいる」


「何っ!?」

 私がそう言うとアマディアス兄さんは慌てて立ち上がる。
 マリーもカルミナさんもアビスまでもが立ち上がり武器などを構える。


『流石に噂に名高い第三王子殿でござるな。今姿を現す故、どうぞ刃を収められよでござる』


 そう言って焚火のすぐ横に銀色のスライムみたいのが地面からにじみ出る。
 みんなが一斉に緊張するその眼の前でそれはどんどん大きくなって人の大きさ位になり、人の姿になる。
 完全に人の姿になったら銀色の肌が色づき、黒装束の頭がはげた髭面のおっさんになった!?


「お初にお目にかかるでござる。拙者はベルトバッツと申しますでござる。ジーグの民を束ねる長をやっておりますでござる」

「ベルトバッツ殿っ!?」


 そのおっさんはそう言って軽く会釈をする。
 しかしそれに一番に反応したのはマリーだった。


「やはりマリー殿でござるか。久しいでござるな?」

「べ、ベルトバッツ殿が直々に来られるとは…… 黒龍様は!? クロ様やクロエ様は!?」

 どうも知り合いらしいこのおっさん、むしろ聞きたいのはさっきのあれどうやったのかだけど。

 感知では他の者は動いていない。

 このおっさんだけだけど、なんだろう?
 おっさんの魔力の流れが近くにいるから分かるけど、異常だ。


「マリーこちらは?」

「はっ! こ、こちらは黒龍様直属のローグの民、長であるベルトバッツ殿です。皆さん、ご安心を。どうぞ剣を収めてください」

 マリーは焦りながらそう言って近衛兵たち含むアビスやカルミナさんにも剣を引くように言う。
 そしてアマディアス兄さんにそのおっさんを改めて紹介する。

  
「ベルトバッツ殿か、して我々に何用ですかな?」

「いや、我々はとあるお方を探しておりますでござる。まぁ、我々如きがいなくとも問題はござらんお方だが、そんな折に貴殿方が来られたご様子でござった。多分第三王子殿ご一行とお見受けして様子をうかがわせていただいたでござる。しかし、噂にたがわぬでござるな。こんなにお小さいのにその魔道の素質、見事にござった」

 そう言ってこのはげ親父は私に向かって一礼する。

 いや、それは良いからさっき銀色のアメーバーみたいな未来から来た刺客みたいなのの説明プリーズ!
 夢に出そうだよ。
 こちらは同じく旧型の未来から来たスケルトンロボットいないから気になって仕方ない!!


「なるほど、しかし我々も正式に招待を受けた身、今宵は遅いのでここで野宿をし、明日には王城へと参ろうとしていたのですよ」

「了解しておりますでござる。御身は我らローグの民が責任をもってお守りします故、ご安心召されでござる」

「それはかたじけない。感謝いたしますぞ」

「いやいや、殿下に礼を言われる程の事ではござらん、では拙者はこれにて失礼いたします故。我らの半分をこちらの警護に回しますどうぞご安心召されでござる」

 そう言ってこのはげ親父は体をぶるっと振るわせて銀色になりまた地面に溶け込もうとする。


「半数って、十五人も残してくれるんだ」


 私がその気持ち悪い銀色のスライムを見ながらそう言うと、それはピタッと動きを止める。
 そしてすぐにまた人の姿に戻って私の目の前に跪く。


「お見事にござる! 我がローグの民の精鋭部隊で御座ったが、そのすべての数まで把握されているとはでござる!!」

「え、あ、いや、だって周辺にこんなに魂の強い魔力の存在感あったら分かるよ」

「何と! これはまいりましたでござるな。殿下はそのお年でそこまで見抜いておられるでござるか!! これは末恐ろしいでござるな。口惜しや、黒龍様がおられれば是非にお会いいただきたかったでござるよ!」


 そう言ってこのおっさんは、ニコって笑うけど顔が怖いよ!!
 これ、メンタル面が弱い子だったら泣きだすって!!
 エナリアなんかが見たら私にしがみついてガン泣きするって!

 事実エイジのやつなんかおっかなくってアマディアス兄さんの後ろにずっと隠れてるし!
 うらやましい!!


「機会があれば是非我が主である黒龍様にもお会いいただけるでござるか?」

「は、はぁ、良いですけど……」

「それは僥倖、有難きお返事でござる。さて、それでは拙者はそろそろおいとまするでござるよ」

「あ、はい。どうも、さようなら……」


 ベルトバッツさんとか言うはげ親父はそう言って今度こそ銀色の液体になって地面に染み込んでいなくなった。
 その瞬間マリーが私に抱き着いてくる。


「アルム様、申し訳ございません! 私がおそばに居ながら!!」

「むぎゅっ! マ、マリー、だから抱き着かないでよ、マリーの胸は大きくて息苦しんだから!!」


 何なんだよ一体?
 ジマの国に来ていきなり変なのに出くわすし、マリーは平謝りになるし、アマディアス兄さんはなんかぶつぶつ言ってるし、エイジはガタガタ震えたままだし、アビスはなんか怪しい笑みをしてるし、カルミナさんはあっちで地面に「の」の字書いてるし!


 ジマの国って一体!?




 私はマリーの胸に抱かれたままそんな事を考えるのだった。 

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