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第十三話 不審

「なっ!」

 アキツは慌てふためきながら、しどろもどろに尋ねる。

「い、いったい、なにを?」

「落ち着け。ただの挨拶だ」

 どうしていいかわからず固まるアキツの横で、カミユもぽかんと口を開けたまま立ちつくしていた。

「ちょっ、ちょっと! 何やってるのよ、あんたたち!」

 アキツが首を捻って振り向くと、そこにはもの凄い形相で駆けてくるミサギの姿があった。無理に捻り過ぎたせいか、首の付け根がチクリと痛む。直後、女は急にアキツから離れると、素早く距離を置く。呆けた様子で視線を戻すアキツの後頭部に、ミサギの薙刀の石突がゴツンと見舞われた。

「いったい何なの? カミユ、説明しなさい!」

「え? 僕? いや、僕も何が何だか……」

 後頭部を抑えてうずくまるアキツの姿に恐怖を覚えたのだろう。カミユの声には明らかな動揺が感じ取れた。

「まあ、気にするな。これはかつて地上で使われていた挨拶の一種だ。最近読んだ本に出ていたので、試してみたくなってな。深い意味はない」

 ミサギの剣幕に動じる様子もなく、淡々と説明を述べる女騎士。カミユはすかさず彼女の言い訳に便乗する。

「あ、あー、それ。うん、それなら僕も知ってる。物語で読んだことがあるよ」

 ミサギは腑に落ちないような顔をしていたが、ふうと息を吐き出すと女に向かって頭を下げた。

「……すみません。てっきり、このスケベどもが無理強いしたのかと」

「いや、誤解させたわたしが悪い。すまなかった」

 女は謝罪すると、入口方面の道に向かって歩き出す。だがすぐに立ち止まり、アキツの方を振り返った。

「アキツ、何かあったら相談に来い。わたしの名はヒサメ。シュリ隊所属だ」

 ヒサメと名乗った女はそう言い残し、その場を後にした。

「シュリ隊って、あんたが希望している部隊よね?」

「ああ、そうだな」

 後頭部をさすりながら、ミサギの質問に答えるアキツ。その様子に、彼女は少しだけばつが悪そうな顔で話す。

「なによ。軽く突っついただけじゃない」

「あれが軽くか? かなり痛かったぞ」

「悪かったわよ。でも、抱きつかれたままじっとしてたあんたもどうかと思うわ。その気になれば、振り払えたはずよ」

「いや、それができなかった。あの人すごい力だ」

「そういえば、片手で軽々と子供を持ち上げていたわね」

「ああ、どう鍛えればあの細腕であんな芸当ができるのやら……」

「瞬発力ならわたしも自信あるけど、ああいう持久的な力は無理ね」

 ミサギはそこまで話すと、急に何かを思い出したような表情を見せた。

「あっ、いけない。手当ての途中だったんだわ」

 そうしてレヴェナたちの方へと駆け出す。それを見計らったかのようにカミユがこそこそと寄ってきて、アキツに話し掛けた。

「ねえねえ、アキツ。どうだった?」

「どうって、何がだ?」

「ほら、抱きつかれた時にどこかに触れたとか、いい匂いがしたとか、何かされたとか」

 そう話すカミユの鼻の下はだらしなく伸びきっている。アキツは大きく溜息をつくと、こう言った。

「やれやれ。その顔を見たら、誰も銀髪王子なんて呼ばなくなるのにな」

 そんな嫌味も効果がなく、カミユは自分勝手に喋り続ける。

「むふふ、しかも〝相談に来い〟なんて。意味深だよね? ね?」

「あのなぁ、噂は聞いているって言ってただろう? つまり彼女は俺がシュリ隊長に弟子入りを志願していることを知っているんだよ。その件で相談に乗ってくれるっていうだけの話さ」

「うーん、どうかなぁ。どうも怪しいんだよね、あの人」

 アキツにはその言葉の真意はわからなかった。だが、ふざけていると思われたカミユの瞳の奥には、何か面白いものを発見したときに見せる野心的な光が宿っていた。

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