第十二話 女騎士
「お前ら、そこで何をしている?」
アキツは驚きを隠せないまま、慌てて武器を構える。分岐した道の一つからアキツたちに声をかけてきた人物。その正体は異様な雰囲気の騎士であった。
部分的に色の抜けた漆黒の髪に、人の顔を模した面で顔を覆っている。胸には
「ルアン!」
声を上げたのはレヴェナだった。無防備に女に走り寄ると、ぐったりしている子供の顔を心配そうに覗き込む。そんなレヴェナに、仮面の女は淡々とした口調で尋ねた。
「お前、この子供の知り合いか?」
「はい、この子が暮らす孤児院の手伝いをしてまして……」
「探しに来たというわけだな。では、後は任せる」
女はそう言って、ルアンを片手でひょいと差し出す。それを見たアキツは、またしても驚きを隠せなかった。いくら子供とはいえ、片手で軽々と扱える体重ではないはず。あの細腕のどこに、それほどの力が秘められているというのか。そんな彼の反応をよそに、レヴェナはルアンを抱きかかえると、彼女にこう尋ねた。
「あの、何があったんですか? どうしてこの子は意識を?」
「心配ない。薬で眠っているだけだ。鬼獣の生息域で騒がれても面倒なのでな」
「そうですか……。とにかく、ルアンを助けていただきありがとうございました」
レヴェナは一礼すると、小走りにマシューの元へ向かう。すぐさま生命兆候や外傷の有無を確認するマシューであったが、彼が時折歯を食いしばるような表情を見せるのをアキツは見逃さなかった。骨が折れているのだから当然であろうとアキツは思った。
「大丈夫。眠っているだけのようです」
「はぁ、よかった……」
医者の診断結果に、レヴェナはようやく安堵の表情を浮かべる。そうかと思うと、ハッとした様子で慌ててこう言った。
「ご、ごめんなさい! 早くマシューさんの腕も手当てしないと。ミサギちゃん、お願い。手伝って」
「え? あ、うん」
二人が木の枝を探し始めるのを見届けたアキツは、改めて正体不明の女騎士へと向き直った。その動きに合わせるかのように、カミユがこう問い掛ける。
「僕らは訓練生ですが、あなたは
「そうだ」
「なぜ
「たまたま非番で散歩中に、通行人から森に入る子供を見たという通報を受けた。それだけのことだ」
「なるほど。任務ではなく、あくまでも私的な行動。騎士団の活動報告には含まれないということですね」
「何が言いたい?」
「いえ、僕らとしてはこの件を公にしたくないのです。あなたも同じ考えだと都合がいいのですが……」
「そういうことなら、安心しろ。元より他言するつもりはない」
「それは助かります」
カミユはにっこりと笑いかける。大抵の女性はこれに見蕩れてしまうのだが、彼女はまるで興味を示さなかった。
「ところで、これはお前たちがやったのか?」
肉塊と化した
「ええ。急に襲い掛かってきたもので、躊躇っている余裕はありませんでした」
「躊躇いなくか……。命を奪う覚悟はできていたようだな」
「はい、これも騎士の務めですから」
「それでいい。新人の中にはそれができずに怪我を負う者もいる」
そんな会話を交わしつつも、アキツは心の奥に湧き上がる罪悪感を抑え切れてはいない。それは他の者も同じはずで、レヴェナに至っては特にそれが顕著なのだろう。先ほどの戦闘で彼女が
「あの、普段の任務では鬼獣の始末はどうしているのですか? このまま放置するのは良くないですよね?」
「問題ない。どうせ一晩の内に血の臭いを嗅ぎ付けた肉食鬼獣が片付けてくれる。奴らは骨さえも残さないからな」
「なるほど、そういうことですか」
「そんなわけだから、お前たちも暗くなる前にここを離れた方がいい」
「もちろん、そのつもりです」
すると女はおもむろに膝をつき、アキツが倒した
「ほう、この脚……。見事な切り口だ。いい腕をしている」
それを聞いたカミユが、まるで自分のことのように自慢げに口を挟む。
「ふふん、そりゃ当然ですよ。あなたの目の前にいるのは、訓練校始まって以来の逸材と噂される男。その腕前は捨刀のシデンの再来とさえ――」
「ほう。お前ら何期生だ?」
「八十八期生ですが、こいつの話はあまり真に受けないでください」
アキツはそう言ってカミユを指差す。すると女は遠慮もなくアキツに近付き、息がかかるほどの距離でまじまじと彼の顔を見つめ出した。
「な、なんですか?」
「そうか、お前がアキツか……。噂は聞いている。剣の腕もさることながら、アダマント耐性が群を抜いているそうだな」
「は? 耐性ですか? まあ、健診結果を見る限りではそうですけど……」
女の話は少し妙であった。アダマント能力について騎士同士が語る場合、分泌速度や量を話題にするのが一般的である。耐性はそれらと関連性はあるものの、直接戦闘に影響する指標ではなかった。
「こんな偶然があるとはな。わざわざ会いに行くのも不自然だと思っていたところだ」
女はそう呟きながら、突然アキツの首に腕を回した。


