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大神大和の話

 その日の夜。
次の日から出発することになり、出発前に大和のことについて知りたいと天姉が言い出した。

「俺の話とか別に面白くないですよ」
「まーまーいいから」
「そういや急にこの世界に来たんやろ? 家族とか心配にならん?」
「うーん。どうですかね。あーじゃあそのことについて話しますか」
「聞かせたまえ」


 俺には家族がいない。
いや、血が繋がっていて一緒に暮らしている存在ならいた。
ただそれを俺は家族だと思えないのだ。

表面上は取り繕えているが、同じ家で暮らしているだけで別に家族ではないと思っている。

俺は戸籍上父である人を保護者A、母である人を保護者B、兄である人を同居人Cと心の中で呼んでいた。


 俺は幼い頃から大量に習い事をしていた。
その中には自分でやりたいと言い出したものもあり、それは楽しかった。
しかしほとんどはBにやらされる形でしていた。

俺は習い事がすごく嫌いだった。
学校が終わった後に習い事を三つはしごするのも、土曜日が四つの習い事で潰れるのもほんとに嫌だった。
どれだけ辞めさせてくれと言ってもBは聞き入れてくれなかった。

Aは習い事に対して否定的だった。
金がかかるからだ。
Aは人のために金を使うのが嫌いなのだ。
Aは金をドブに捨てているようなものだと言って習い事を辞めさせようとした。

しかし俺はBから洗脳されていた。
Bは俺にAの悪口を子守唄の如く言い聞かせ育てた。
Aは自分の金を人に使わなければならないことが気に食わないだけだ、と。

その頃の俺はAのことを完全に悪だと思っていて、そのAの言う通りにするのはクズになるということだと思っていたから、本当にやりたいと思ってるのか、とAに問い詰められても首を縦に振った。

俺はAとBとの板挟みになっていた。
限界を感じていた。
俺は昔、よく笑う奴だったらしいが、その頃には愛想笑いしかできなくなっていた。

心の底から辞めたいと思っているのに、Aから辞めさせられそうになれば自分から続けたいと言わなければならない。
Aの言う通りにしてクズになりたくなかったからだ。

矛盾したことを続けているうちに自分のことが嫌いになっていった。
Aからの悪魔の囁きに耳を貸すことも、Bの言うことを聞き続けることも嫌で頭がおかしくなりそうだった。

そんな日々を過ごしていたある日、一つ習い事を辞めることになった。
喜ぶ元気も残ってなかったが嬉しかった。
その他の習い事があるとはいえ少し解放された。

しかし少し余裕が出てきたと思っていた時に、Cから「逃げた」と言われた。
俺の心はそれで死んだ。
確かに中途半端で辞めてしまったが俺は一生懸命やった。
親のご機嫌取りをしながら他の習い事もしながら泣きながら頑張った。

それを逃げたと言われたのだ。
俺はこの言葉を聞いた瞬間、あぁ自分には味方はもちろん家族もいないんだなと悟った。

もう死のうと思った。
どれだけ頑張っても認められないのも保護者のご機嫌取りをし続けるのも疲れた。
でもそんな勇気はなかった。
生きてるのか死んでるのか分からない、死んでないだけの日々を送った。

Aは支配的で自分以外が贅沢することが許せず、人に厳しく自分に甘い。
勝手に不機嫌になり、俺たちに八つ当たりする。
別に金がないわけでもないのに、うちは貧乏だからと俺を洗脳しようとする。

俺宛の郵便物を勝手に開ける。
そもそも俺のことを何も知らず、好きな食べ物すら分からない。
昔、AとBが揉めた時、生活費を出さないと脅したりしたこともあったそうだ。

Aの周辺の身内もおかしいのが多く、家族が死んだのにノリノリで旅行に行くような奴らだったり、Bの会社の人が亡くなったと聞けば、遺書はあったかとニヤニヤしながら聞いてくる奴だったり。

Bは平気で約束を破ったり、Aの悪口を延々と聞かせてくる。
Cは俺のやることなすこと否定してくる。

俺は所謂モラハラを受けてたのかもしれない。
一度本気で離婚しそうになったこともあり俺は家庭を表面上だけでも取り繕うためにひたすら保護者のご機嫌取りをしていた。

強く反抗することもできない。
生活費を出さないとか言われかねないからだ。

このまま大人になれば俺もこいつらみたいになってしまうかもしれない。
自分のルーツに絶望した。

だから、俺は体を鍛えた。
努力して変わろうと思った。
これが正解だったのかは分からない。

俺が努力しようが俺を取り巻く環境は変わらない。
体を鍛えれば心も鍛えられる。

しかしこの環境にいたら心は少しずつすり減る。
自律神経がバグったのか体が勝手にピクピク動いたり、失笑恐怖症みたいなわけのわからんことにもなった。

体を鍛えてなければ、勇気がなくとも絶望によって自ら命を絶っていたかもしれない。
そうすればそこで終われていたのだ。
なまじ強いと倒れることもできない。

それでも、俺はひたすら鍛えた。
自分を変えたかった。


「こんな感じですねー」
「はーん。家族がいるってのも大変なんだねー。とにかく大和のことを少し知れて私は満足だ!」
「それなら良かったです」
「これからは僕たちが仲間だ。一緒に頑張ろうな」
「はい。早く認めてもらえるように頑張って強くなります!」

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