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Layer22 礼

 空を舞ったスマホはすぐに見えなくなった。

 自分でもここまで上手くいくとは思っていなかった。
 とりあえず、盗撮のデータは消去はできなくてもサラリーマンの手元からは引き離すことができた。

「なんてことしやがる!」

 まるで大事にしていたおもちゃを目の前で捨てられたことに激怒する子供みたいにサラリーマンが言った。

「あ〜あれは探すの大変そうですね」

 上手くいった達成感からか、俺は皮肉たっぷりに言ってやった。
 姫石は俺の言葉を聞いて少し吹き出していた。

「ふざけんなよ、お前! 顔、覚えたからな! このままで済むと思うなよ! 絶対にこのことを後悔させてやるからな!」

 こんな昭和の悪役が言いそうなベタな捨てゼリフを本当に言う人いるのか。
 たしかにこのサラリーマンは昭和世代の人だけどさ、だからって本当に言う人なんていないだろう。
 昭和世代の人に謝って欲しいわ。

「やれるもんならやってみな! お前はこれから臭い飯を食うことしかできないからな!」

 俺もなんとなく便乗した。
 何これ、ちょっと楽しい。

 ピクっとサラリーマンのが拳が動いた。
 ヤバい、これは殴られるな。
 姫石の顔を殴られるわけにはいかないと思い、俺はすぐさま身構えた。
 その時、電車がちょうど駅のホームに滑り込んでいた。
 プッシューという音と共にサラリーマンの右のすぐ後ろの扉が開いた。

 ヤバい!
 逃げられる!

「待て!」

 とっさに俺は逃げようとしたサラリーマンの裾を掴んだ。
 だが、掴みが甘かったせいもあってすぐに振りほどかれ、そのまま降りたホームを走って逃げていった。
 振りほどかれた拍子に俺はまた尻もちを付けさせられた。
 おい、花のJKに二度も尻もちさせんな!

「玉宮!」

 そう叫んだ姫石が俺のことを心配そうに見つつもサラリーマンの後を追おうとした。
 俺は即座に姫石の手を掴んだ。
 追いかけることを制止されたことに驚いて姫石が俺の方を振り返った。
 俺は静かに首を横に振った。

「何でよ!」

「さすがに危険だ」

「何言ってんの! いくら中身があたしだからって外身の体は玉宮なんだよ。男子高校生があれぐらいのおっさんなんかに負けるわけないじゃん!」

「だとしてもだ! だとしても、中身は姫石なんだ。危険な目に合わせるわけにはいかない」

「……わかった」

 納得いかない顔で悔しそうにしながらも姫石は渋々承諾した。

「あと、その……ありがとね」

 姫石が小さな声で言った。

「え? 何が?」

「何って……あたしのこと心配してくれて」

「あぁ、そういう意味か。別に礼を言われるほどのことじゃないだろ。俺が勝手にしただけなんだし」

「うん、でもありがとね」

 ……
 駄目だ、なんか調子狂うな。
 姫石が素直にこんな礼を言ってくるなんて違和感でしかない。
 軽口を叩き合ってこそ、俺と姫石の関係だろう。

「た、玉宮先輩……姫石先輩……だ、大丈夫ですか?」

 ようやく動けるようになった立花が、まだ少し怯えながら俺達に心配の声をかけてきた。

「心配しなくて大丈夫だ。俺も姫石もたいしたことないから」

「そうだよ、歩乃架ちゃん。あたし達は大丈夫だから」

 そんな返答を聞いて立花はへなへなと床に崩れた。

「よ、よかった〜。……ごめんなさい、私怖くて何もできなくて。姫石先輩みたいに動けなくて。動かそうとしても重い鎖みたいのに繋がれたみたいになって一歩も動けなくて」

 立花は今にも泣きそうな深刻な顔で言った。

「いや全然、大丈夫だからな。そうなってあたり前だから。立花が気負う必要なんてないからな。気にしなくていいからな」

「うっ……でも私……」

 気にしなくてもいいと言われても、責任を感じてしまっている立花を姫石が慰めにいった。

「大丈夫だよ、歩乃架ちゃん。大丈夫だから」

 そう言いながら姫石は立花の背中をさすった。
 背中をさすられて安心したのか、逆に立花は泣いてしまった。

「そこの三人も大丈夫か?」

 俺は少し離れたところにいた三人組の女子高生達にも声をかけた。

「は、はい……だ、大丈夫です」

 その中の一人が小さな声で答えた。

「そうか、大丈夫なら良かった」

 さて、これからどうするか。
 警察に被害届を出すか。
 けど、入れ替わったまま事情聴取を受けるのはリスキーだよな。
 変に疑われたりしたら嫌だし。
 まずは被害にあった本人に警察に届けたいか聞いてみるか。
 自分が受けた被害をさらされるみたいで警察には届けたくないっていう被害者だっているからな。

 そんなことを考えていると、さっきの三人組の話し声が聞こえてきた。

「みんな大丈夫?」

「うん……」

「さっき映ってたのってゆみかだよね? ゆみか本当に大丈夫? 無理しなくていいからね」

「大丈夫じゃないけど、あの子のおかげでなんとか撮られるのは防げたみたいだから少しはマシかな……」

「そっか……どうする? 警察に行く?」

「……警察には行きたくないな。本当は行かなきゃいけないんだろうけど、やっぱり嫌だな」

「わかった。被害にあったのはゆみかだから、ゆみかの言う通りにするよ」

「ありがとう、二人とも」

 どうやら警察には届けたくないみたいだ。
 たしかに本当は警察に行くべきなのだろうが、正直俺達もこっちの方がありがたい。

「あ、あの助けてもらったのに、こんなことを言うのは失礼なのかもしないんですけど、今のことは警察には」

「言わないで欲しいんだろ?」

 ものすごく遠慮気味で話しかけてきた女子高生に俺は先回りして答えた。

「え!? あ、はい。その通りです」

「あ〜ごめん、ごめん。ちょっと君たち三人の話し声が聞こえちゃってさ。被害にあった本人が言わないで欲しいって言うなら、俺達はとやかく言うつもりはないよ」

「あ、ありがとうございます」

 ぎこちなくその女子高生は頭を下げた。
 すると、被害にあった(正確にはあいそうになった)ゆみかと呼ばれた女子高生が近づいてきた。

「あ、あの! すみません!本当にありがとうございました」

「いや、俺はそんな大したことなんてしてないよ。それに君が謝る必要はない。謝るのはこっちの方だ。撮られたデータだって完全に消去できなかったし、あげくには奪い取られたがために窓から放り出すなんていう一時的な処置しかできなかったんだから。それに、あのサラリーマンには逃げられてしまったし。本当はあいつを刑務所にぶち込んで謝罪させないといけないのに。本当にごめん!」

「いえ、いえ! そんなことないです。あなたが気づいてくれていなかったら何も知らないままわたしは……だから謝らないでください。本当にすごく感謝してるんです」

 恐怖と安堵と感謝が入り混じった表情で女子高生は俺に礼を言ってくれた。

「そっか……とにかく未然に防げたのは良かったよ」

 俺がそんな風に言うといつの間にか俺達が乗り換える駅に着いていた。

「じゃあ、俺達はここで降りないといけないから。こんなことがあった直後だし、十分気をつけて帰ってな」

 そう言って俺と姫石と立花で開いた扉から降りようとした時に三人組の女子高生が声をそろえて礼を言ってきた。

「「「本当にありがとうございました」」」



 盗撮魔に出くわすという本来なら大きな非日常を、入れ替わりという経験したせいで小さな非日常として感じながら俺達は電車を降りた。

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