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第十話 「油断大敵」

 城下町の外れを、一人歩くウンケイ。町を抜け、ビルサの領地の外に向かって歩いている。
 「・・・」
 ふと立ち止まり、城下の方を振り返る。奥に見える(きら)びやかな城とは対照に、城下の町は見窄(みすぼ)らしく、異常な光景が突きつけられる。
 「・・・結局俺は、陰で生きるのがお似合いだな」
 くるりと踵を返し、再び外へ歩き出す。すると、ウンケイが突然消える。ドシーン! 地面から大きな音がする。
 「・・・痛ぇな。何だ? 落とし穴か?」
 地面に開いた大きな穴の中で、ウンケイが地上を見上げている。穴の深さは、大男のウンケイの上背よりもかなり深い。
 「ガキが掘りでもしたか? いや、それにしては深すぎるな。大人が掘ってもかなり時間がかかるはずだ。何故こんな場所にある?」
 ウンケイが軽々と地上へ飛び、体に付いた土埃(つちぼこり)を払う。辺りを見渡すと、広大な荒地が広がっている。よく見ると、誰か落ちたであろう穴が数ヶ所開いている。
 「外敵の侵入を防ぐ穴か。・・・だとすれば、あとどの位穴があるんだ? あの穴の間隔からして、・・・」
 するとウンケイが、薙刀(なぎなた)を真っすぐ持ち上げる。そして力一杯、薙刀を真っすぐ振り下ろし、柄の先を地面に突き刺す。ズドォォォン!! すると地面が大きく振動し、広大な荒地いっぱいに隠れていた、無数の大きな穴が出現する。
 「・・・こりゃあ驚いた、こんなにあるとは。人の手で掘ったとは考えにくいな。一体どういう事だ?」
 ウンケイが足元の穴を覗く。穴は、地中に向かうにつれ小さくなっており、円錐状(えんすいじょう)に開いている。周りの穴も全て同じ形をしている。
 「妙な形だ。外敵を落とす穴に、こんな手間をかけるか?」


 「・・・コルゾ様が、殴られた・・・?」
 「あぁ。・・・は、初めて見たぜ。・・・コルゾ様が倒れるとこ」
 コルゾが口元の血を(ぬぐ)いながら、フラフラと立ち上がる。
 「・・・油断していたとは言え、よく俺を殴れたな。()めてやるよ」
 コルゾが再び、刀と(さや)をしゃらくに向ける。しゃらくも構える。
 「あァ、ありがとよ」
 ビュッ! ガキィィン!! コルゾとしゃらくが激しく何度もぶつかり合い、その度に火花が飛んでいる。誰も近づけないほどの激戦の中、しゃらくの蹴りを、コルゾが後方転回して(かわ)し距離を取る。
 「ほう。俺の動きにも付いて来られるとはな。褒めてやるよ」
 「おう、ありがとよ」
 すると、コルゾが(おもむろ)に鞘だけをしゃらくに向ける。コルゾがニヤリと笑う。
 「久しぶりに手応えのある奴だが、俺も暇じゃないんでな。終いにするぜ」
 カチャ。コルゾの鞘から引き金が出てくる。
 「あばよ」
 バァン!! しゃらくはそれを、横跳びで間一髪(かんいっぱつ)(かわ)す。しゃらくに向けた鞘の先から、煙が噴き出ている。
 「あっぶねェ!!」
 しゃらくが息を荒くし、全身に大量の汗をかいている。
 「おいおいおいおい。嘘だろ? 避けたのか?」
 コルゾが頭を()きながら、ニヤニヤと笑う。
 「その鞘、鉄砲か? 厄介《やっかい》だな」
 「ますます殺すには惜しいなぁ。お前、うちの侍になれよ。たっぷり()き使ってやるからよ。それなら生かしといてやってもいいぜ?」
 コルゾが再び、鞘をしゃらくに向ける。
 「(わり)ィが断るぜ。おれは天下を取るのに忙しいからなァ」
 その言葉に、再びコルゾと侍達が目を丸くする。沈黙の後、侍達が大笑いする。コルゾも笑いながら武器を下ろす。
 「ぎゃははは! 何言ってやがんだこいつ! 何を取るだと?」
 侍達がしゃらくを笑うが、しゃらくはニッと笑い、まっすぐ前を見つめている。
 「何か勘違いしているようだがな、お前ごとき小僧はいくらでもいるぜ。威勢はいいようだが、上には上がいることを教えてやる」
 コルゾが刀と鞘をしゃらくに向ける。ビュッ! コルゾがしゃらくに向かい突進する。バシッ! しゃらくが刀を足裏で蹴って弾く。するとコルゾが、鞘の先をしゃらくに向ける。バァン!! しゃらくが間一髪で鞘の先を掴み、脇へ退()かし()れる。しかし、すかさずコルゾがしゃらくの腹に前蹴りを入れ、しゃらくが後ろへ吹っ飛ぶ。しゃらくが飛んだ先に、コルゾが鞘を向け弾丸を連発する。ようやく弾切れになり、鞘を下ろす。辺りには土煙が(ただよ)っている。
 「残念だったなぁ。だから助けてやると言ったのに」
 コルゾが話しながら、自分の刀を眺めている。
 「・・・ありゃ助からねぇな。コルゾ様はつくづく味方で良かったと思うよ」
 侍達が、味方ながら冷や汗をかき、ゴクリと唾を飲む。
 「残念だったなァ。おれはそんなもんで死ぬ玉じゃねェぜ」
 コルゾがギョッとする。何故ならその声は、自分の背後から聞こえているのだ。咄嗟に振り返ると、しゃらくが腰を落とし構えている。
 「“虎猫鼓(どらねこ)”ォ!!」
 ドオオォォン!! しゃらくの掌底(しょうてい)が、コルゾの胴の甲冑(かっちゅう)に突き刺さる。コルゾが吹っ飛ぶ。侍達は、周囲に漂う煙で何が起きているかも分からず、聞こえてくる轟音(ごうおん)固唾(かたず)を飲んでいる。すると一人の侍が、(かたわ)らに殺気を感じる。そして振り向く間もなくぶっ飛ばされる。それに気がついた他の侍達も、次々と倒れていく。煙が晴れ、全滅している侍達の傍らには、しゃらくが一人立っている。
 「よし全員倒したぜ!」
 しゃらくが城へ向き直り、手をパキパキと鳴らす。赤い模様が消え、鋭い牙や爪も引っ込んでいく。
 「次はお前だぜ大将」
 しゃらくが、城の中へ向かって一歩踏み出す。刹那(せつな)、背後から強烈な殺気を感じる。ブオォン! 空を切る鋭い音と共に刃が振られる。しゃらくは間一髪、後ろに身を反らしてそれを躱す。
 「おいおいおいおい。なんて反射神経だよ」
 身を反らせながら見ると、頭を血で濡らしたコルゾが、ニヤニヤと笑っている。しかし、先程強烈な一撃を叩き込んだ胴の甲冑には、傷一つ付いていない。すると、コルゾがしゃらくの足を払い、しゃらくが背中から倒れる。
 「随分(ずいぶん)頑丈(がんじょう)(よろい)だなァ。おれの渾身(こんしん)の一撃で傷一つ付かねぇとは」
 しゃらくが仰向けのままニヤリと笑う。コルゾはしゃらくの脇に立ち、上から顔を覗かせている。
 「当たり前だ。これはビルサ様にしか加工出来ねぇ強固な鉱石で出来ている。・・・それにしてもてめぇ、何故(なぜ)飄々(ひょうひょう)としていやがる。この状況、明らかに死の危機だぜ?」
 コルゾが、笑うしゃらくを見て眉を(ひそ)める。
 「おれは、こんなところで死ぬ玉じゃねェって言ってんだろ」
 「ハハハ。クソ生意気な小僧だ。家来にするのは辞めだ。二度とその口きけねぇようにしてやるよ」
 「“きく”のは耳だぜ?」
 しゃらくがニヤリと笑う。しゃらくの言葉に、コルゾの頭に血が昇り、顔を真っ赤にする。
 「望み通りぶっ殺してやるよぉ!!」
 仰向けのままのしゃらくに、刀を振り下ろす。刹那、しゃらくが拳でコルゾの足を叩き、姿勢を(くず)させる。そのままコルゾの足元へ素早く転がって体当たりし、刀を躱しつつコルゾを転ばせる。コルゾは(あご)から着地してしまい、意識はあるが動けずにいる。すかさず、しゃらくが立ち上がり、コルゾの両足を持ち上げる。しゃらくの体に赤い模様が浮かぶ。
 「油断したなァ!? ガルル! いくぜェ!」
 しゃらくが、コルゾの足を持ったままその場で回転する。すると、遠心力でコルゾの体が浮く。回転がどんどんと加速していき、周囲に上昇気流が生まれる。
 「“恵方龍巻(えほうたつまき)”ィィ!!」
 ブゥオォォォン!!! 回転の勢いのまま、コルゾを投げる。コルゾは城の最上階へ飛び、壁を突き破って大広間へ飛んでくる。そこにいた二本牙(にほんきば)の二人や家老(かろう)が飛び上がる。ビルサは微動だにせず、完全にのびてしまったコルゾをじっと見る。
 「おい大将ォ! 今行くから、首洗って待ってろォ!」
 しゃらくが下から啖呵(たんか)を切り、城の中へ駆ける。城の大戸を開け城内へ入ると、奥に武装した兵が並んでいる。しゃらくはニヤリと笑い兵に向かって駆けていく。するとその瞬間、ガコン! 大きな音と共に、しゃらくの足元の床が消える。
 「え?」
 完

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