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【第二十八話】魔王、学院をサボる。



 翌日は、王立魔術学院自体が休校だった。その後もしばらくの間、俺はサボって、学院には行かなかった。そんな時に、マリアーナが王太子殿下の国外追放の話を仕入れてきた次第である。なお、サボったのは俺だけではなく、リザリアも同じだ。真面目な彼女がサボる印象は無かったのだが、毎日俺の家に朝から晩までいたから間違いはない。

 俺達はベルツルード伯爵家において――若干喧嘩をして過ごしていた。

「どうして自分を犠牲にしようなどと、嘘をつこうなどと……」

 今日もリザリアは同じ事を繰り返して怒っている。声を荒げるわけではない、冷ややかな怒りだ。俺はいい加減聞き飽きたので、天井を見上げた。

「何度も言ってると思うけど」
「グレイルが私を心配してくれたのと同じように、私だって貴方が心配なのですわ」
「だから、悪かったよ」
「本当はそう思っていないでしょう? 私には分かります。完全に貴方は面倒くさくなっているだけですわ」
「……」

 この繰り返しである。実際、面倒だが……リザリアに、これほど心配してもらっていたのかと考えると、嬉しくもある。魔王時代は戦う事を推奨されていたし、この肉体になってからも特に俺の事を心配してくれたのは――それこそ亡くなった両親くらいのものだったから、心が温かくなってくる。

「グレイル?」
「うん。ちょっと面倒だと思ったけど、リザリアの気持ちは、その……嬉しいみたい」
「……そう、ですか」

 その後俺達は、お互いの目を見た。暫しの間そうして見つめ合っていた時、伯爵邸の玄関から呼び鈴の音がした。なんだろうかと視線を向けると、爺やが玄関へと向かった。そして戻ってくると俺に言った。

「シリル殿下とアゼラーダ様、ルゼラ様という方がお見えです。グレイル様とリザリア様にお会いしたいと」
「ああ、通して」

 俺が答えると、爺やが引き返していった。そしてすぐに、三人を案内しながら戻ってきた。このメンバーが集まるのも、久しぶりな気がしてしまう。俺の隣にリザリアが移動し、その隣にルゼラが座った。正面の椅子には、シリル殿下とアゼラーダが腰を下ろした。レンデルが三人の前に紅茶のカップを置いて下がった。

 するとシリル殿下が最初に口を開いた。

「王宮では、またアンドレ兄上が迷惑をかけてしまって……リザリアにはお詫びもお礼もしきれないし、それはグレイルも同じだ」

 すまなそうなその声に、リザリアが首を振る。

「いいえ。私は私自身のために、なすべき事をしただけですもの。なにもお気になさらないで下さいませ」

 すると微苦笑しながら、シリル殿下が頷いた。その隣でアゼラーダはカップに手を伸ばしている。俺もカップに手を伸ばした。丁度その時、ルゼラが言った。

「あ、あの。私、お話があって……」

 その声に、俺とリザリアはそちらを見た。すると頬を染めているルゼラが、俺達を交互に見た。

「――お二人が、相思相愛だっていうのは分かります。分かってます。でも、どうしても気持ちが抑えられなくて。聞くだけでいいんです。聞いてもらえませんか? 身分も立場も何もかも違うのは分かっているんですが」

 俺は即座に、告白の気配を悟った。それとなくステータスを表示させてみる。
 するとルゼラの好感度は――74%。恋愛感情には、1%足りないが、誤差かもしれない。そう考えて、俺は頭の中で断り文句を二十通りくらい考えた。それからリザリアを見ると、僅かに瞳を不安げに揺らしてから、俺を見た。俺は微笑して見せた。するとリザリアが小さく頷き苦笑した。

「ルゼラ、言ってみて」

 俺の気持ちが揺らぐ事は決してない。ただ、聞くだけならば構わないと思って、俺はルゼラを促した。

「好きです、愛しています! 私、リザリア様を本当に愛しているんです!」
「俺はリザリアしか見えな――……へ?」
「グレイルが魅力的なのは分かりますが、私も譲るつもりは――……え?」

 ルゼラの告白に、俺とリザリアはそれぞれ言いかけていた言葉をとめた。
 当初事態を理解出来なかったが、俺は恐る恐る、ルゼラからのリザリアへの好意を見てみる事にした。他者間の好意を選択肢て閲覧する。

 ――120%。
 俺は目を剥きそうになった。100%が上限だというのに、完全に振り切れていた。ぶっちぎりだ。これ、もう恋愛の域を超えた、なにがしかの特別な愛情かなにかなんじゃないのかとすら、俺は思った。俺、勝てるのだろうか? 自分のステータスを見るのが少し怖いが、絶対に負けたくないという決意がある。

「ご、ごめんなさい。気持ちは嬉しいのですが、私はグレイルが好きなのです」

 その時リザリアが言ったので、俺はステータス表示を消失させて、彼女の隣で大きく頷いた。

「うん。リザリアは俺の婚約者だから、諦めて」

 俺は平たんな声でそう告げつつ、そういえば聖ヴェルガルド教は、愛さえあれば性別は問わないという大雑把な――大らかな宗教だったと思い出した。

 なんとも複雑な心境ながらも、それからルゼラが頷くのを見た。

「お伝え出来ただけで満足です。お二人を応援しています!」

 ルゼラが笑顔に変わった。確かにルゼラを基本的に助けてきたのは、誰でもなくリザリアだ。惚れるというのが、分からなくはない。なにせ、俺だってリザリアに惚れているのだし。そう考えていたら、不意にアゼラーダがこちらを見ている事に気がついた。

「ところで、グレイル卿とリザリア様は、いつまで学院を休むんだ? 討伐の疲労で休んでいるとは言ったが、もう二週間だが? 私は、そろそろお二人にも、戻ってきてもらいたいです」

 それを聞き、俺とリザリアは顔を見合わせてから、どちらともなく笑った。

「じゃあ、明日からでも参りますわ」
「うん、俺もそうしようかな」

 こうして俺達の、サボりの日々は終幕する事となった。
 次第に秋の気配が近づいてきた、ある日の事である。


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