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【最終話】魔王、星空を見上げる。






 ――秋も深まってきた頃。
 学園生活は順調に流れ、二度目のテストも俺達は乗り切った。紅葉ももう終わりが近くて、朝は霜が降り、冬の気配がする。そんな中で、ハロウィンの夜会が王立魔術学院では主催される事になった。

 俺とリザリアは、恋人同士として、とても順調に――そして婚約者としても穏やかに過ごしている。ハロウィンの夜会も、当然一緒に参加する事にした。そういえばリザリアと出会ったのも入学パーティという夜会だったなと俺は思い出した。ちょうど半年と少しが経過しているが、逆に言えば、それしか経っていない。だというのに密度が濃すぎて、振り返るとなんだか長かったような気がする。

 制服ではなく、本日のリザリアはドレス姿だ。手袋をはめた華奢な手で、リザリアは俺の腕に触れている。エスコートする事にも、俺は随分と慣れたと思う。

 ハロウィンパーティの会場では、かぼちゃのお菓子が振る舞われている。その時、招かれた音楽家達が、演奏を始めた。本日はダンスもある。

「よろしければ一曲。本当は踊りたくないけど」
「よろこんで。ところでグレイル。本心がだだ洩れですわ」

 俺達はそんなやり取りをし、視線を交わしてから、どちらともなく笑った。
 リザリアの手を取り、俺は広間の中央へと向かう。そして曲を奏でる音色が大きくなり、皆のダンスが始まったところで、その輪の中へと加わった。細いリザリアの腰を腕で支え、俺は何とかステップを踏む。あまりダンスは得意ではないが、卒業したらリザリアと二人で夜会に出る機会も増えるからと、最近伯爵家でリザリアと共に踊る練習をしている。

 一曲、そして二曲とダンスをして、俺達は三曲目に入る直前で輪から外れた。
 体が熱くなっていて、中々の運動量だと考える。
 喉が渇いたから、俺はノンアルコールシャンパンが並ぶテーブルに歩み寄り、グラスを二つ手にしてから、リザリアの元へと戻った。リザリアは、丁度テラスに続く硝子の扉の前に立っていた。

「ねぇ、外に出ない? 暑い」
「そうですわね。私もダンスをして、体が火照ってしまいました」

 こうして俺達は、テラスへと向かった。秋の夜は冷えるから、他にひと気も無い。俺は高く思える紺色の空に輝く、銀色の星々を見た。秋の星座がよく見える。そこでグラスを傾けながら、俺はリザリアの隣に立ち、思わず呟いた。

「色々あったね」

 そして俺は、右手に持っていたフルートグラスを左手に持ち替えた。
 俺の右側に、リザリアは立っている。俺の言葉に、彼女がこちらを向いた。俺はリザリアの頬に、右手を伸ばして指先で触れてみる。するとリザリアが、不思議そうに目を丸くした。俺はリザリアが無防備になったその瞬間、掠めとるように、彼女の唇を奪った。触れるだけのキスをした。初めての口づけだ。するとリザリアが目を見開き、硬直した。

 それを見て、俺は思わず吐息に笑みをのせる。

「やっぱり俺は、あの時本当は、既にリザリアにキスをしたかったんだと思うよ」

 いつかの中庭の事を、俺は思い出した。まだ己の気持ちを自覚する前の、放課後の出来事を。それから俺は、ゆっくりと瞬きをして、改めてリザリアを見る。

「リザリア、愛してる」

 そう伝えてから、俺は改めて星空を見上げた。



 ――その後も俺達は、時に喧嘩をする事もあったが、順調に学院生活を過ごし、卒業後には結婚する事になるのだが、それらはまた別のお話だ。今もなお、俺とリザリアは、仲睦まじく暮らしている。




    ―― 完 ――


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