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【第二十一話】魔王、元の肉体について知る。






「アンドレ王太子殿下が廃嫡されそうって聞いたけど、そうなの?」

 まず俺がそう聞くと、改めて顔を上げたメルゼウスが、俺を見て顎で頷いた。どうでも良さそうな顔ではあるが、真面目に答えてくれる様子だ。

「そうですね。アンドレ殿下については、ここぞとばかりに宰相閣下も『公爵家を蔑ろにされた』と言って回っています。元々が地盤固めのための婚約関係でもあった上、アンドレ殿下は素行も悪いので、婚約が解消できて、宰相閣下は内心では大喜びの様子ですね」

 メルゼウスがそう言うと、爺やが置いていったカップを片手で持ち上げ、一口飲み込んだ。それから続ける。

「リザリア嬢とアンドレ殿下の再婚約もありえませんしね。リザリア嬢には魔王様がいますし、アンドレ殿下は平民の少女に熱をあげておられるとか」
「俺がいるって言うのは、ちょっと語弊があるけど、それで?」
「――まぁそういうわけなので、廃嫡される事はほぼ決定されています。平民の少女とは身分差もありますから、国王陛下は『そこまで好きなら城を出ていけ』と仰っていて、アンドレ殿下を追放するおつもりのようです。さすがにこれには、アンドレ殿下も焦っておられますが」
「なるほど。シリル殿下については、どんな状態?」
「ああ、シリル殿下の件で、今宰相府は大忙しなんですよ。内々にですが、シリル殿下を王太子とする儀式の準備が始まっていて、そのせいで俺も多忙極まりない」
「ふぅん。シリル殿下が即位するの?」
「八割がたその予定で進んでいますよ、王宮の文官側は。ただ勿論、貴族内にはアンドレ殿下を推す勢力もいますが」

 その言葉に、俺はカップを置いて腕を組んだ。

「王太子自身か、アンドレ殿下を推す貴族の派閥が、シリル殿下を消そうとする事ってありえる? 今、マリアーナにもそれを調べてもらってるんだけど」
「ああ、十分あり得ますよ。異母ですが、二人兄弟で、どちらかが即位するのは決定ですから、アンドレ殿下からすれば、シリル殿下さえいなければ、自分が追放される事もなく王太子のままでいられるという考えもあるでしょうしね」

 頷いたメルゼウスの声に嘘は見えない。実際それを推測するのも易かった。問題は、その部分から先である。

「ねぇ、メルゼウス」
「はい?」
「シリル殿下を亡き者にするために、人為的に魔獣に襲わせてるなんて事はあり得る? というか、可能? 要するに、俺が魔王だった頃には存在しなかった技術だけど、人為的に時空の歪みを生み出したりって今は出来るの?」

 俺が問いかけると、じっと俺を見てから、静かにメルゼウスが頷いた。それを見て、俺は思わず目を見開いた。

「可能だ、魔王様」
「え? どうやるの?」
「――魂はその体に在るとして、元々の魔王様の肉体は、魔獣核ごと封印されただろう?」
「うん。俺は封印後どうなったのかは知らないけど、この体はいくら顔が同じであっても、元々の魔族として生まれた肉体ではないね。人間だ」
「元々の魔王様の肉体は、時空の歪みごと、三角結界の中に封じられて、三角柱の小さな結晶になったんだ。それを代表して、勇者パーティの王子が、今後管理するとして、王宮に持ち帰り、王太子のみが入れる特別な祭室に祀ったんだ。以後、王太子以外は入れない部屋に、魔王様の肉体を封じた三角柱があったんだが、数代前にその封印を解いた王太子がいた」
「……ふぅん。それが、どう関係するの?」
「封印が解けた結果、魔王様の肉体がバラバラの状態で、その部屋の床の上に落下したらしい。一つ一つが半透明の黒に近い色の膜に覆われている状態で。だが部屋全体に封印魔術がかかっているから、その時点では問題にはならなかった。だが、試しに腕を一本持ちだした結果、或る行いをすると、時空の歪みが生じたという記録が残っている」
「え? 俺の体、バラバラなの? というか、時空の歪みが?」
「そうだ」
「ある行いって何?」
「特定の魔法陣を描いた札と一緒に、出現させたい場所に、魔王様の肉体の断片を置くんです。すると勇者パーティによる封印の魔術の残滓が誤作動して、必ず時空の歪みが生じます。そこからは、当然魔獣が出てくる」

 そう述べたメルゼウスは、もう一口紅茶を飲んでから、カップを置いた。

「ただし、魔王様の肉体は時空の歪みと大変強い関りがありましたが、既にあちらの肉体には魔力が無い。魔力は魂に宿りますから」
「うん。今の俺の方に魔力はあるね」
「ええ。それもある上、所詮は人為的に生み出した時空の歪みなので、そこから出てくる魔獣は、元となる魔力が肉体に残存していた微弱なものである結果、非常に俺達から見ると弱いです」
「あー……確かに、ものすっごく弱かったよ」
「でしょう? それこそ、魔力が一番残っているはずの、魔王様の心臓でも媒体に使わないかぎりは、俺達から見たら魔獣と呼ぶことすらおこがましい微弱な存在ですね」

 メルゼウスは非常に強いが、俺も実際に現代の魔獣と対峙し同じ感想を抱いているから、弱い理由に納得してしまったし、実際に弱いのだろうと確信した。

「ただ今の時代、そもそも人間は、ほとんど戦う機会がないので、時折人為的にしろ本物にしろ、時空の歪みが生じて魔獣が出現すると、甚大な被害が出ます」
「なるほどね」

 頷いてから、俺は思わずため息をついた。

「それにしても、なんだか嫌だな。元の体がバラバラな上に、利用されてるなんて。今も王太子しか入れないところに、俺の体の大部分があるの?」
「いえ、元々その部屋に出現した魔王様の肉体は、本当に断片的なものだったようですし、頭部とか下腹部とかは無かったようですよ。指とか足から先とかが、ポツンポツンと落ちてきたようで――それらも、過去に王位争いが激化した時、王太子がライバルとなりそうな相手を蹴落とし殺害するなどのために使ってきたので、もうほとんど残っていないみたいです。自分の地位を脅かされそうになった王太子は、問答無用で利用してきたようですから。俺も長い間王宮で働いているが、何度も見た」

 淡々と語るメルゼウスに対して、俺は小さく頷いた。きっと仕事をしていないと死んでしまうメルゼウスは、姿を変え名前を変え、ずっと王宮で働いてきたのだろう。

「とりあえず、ありがとう。なんとなく理解した。つまりアンドレ殿下が、俺の元の体の断片を利用して、シリル殿下に魔獣を差し向けている可能性が非常に高いって事でいいんだよね?」
「ええ」

 頷いたメルゼウスを見つつ、俺はそうではあっても魔獣は俺にとっては弱いから、撃退は可能だなと考えた。って、何故俺はシリル殿下を守る方向で考えているんだ。それはアゼラーダの仕事だし、王位争いになんて関わったら、目立ってしまう……。

 でも、と、俺は考えた。シリル殿下は、俺を大親友だと思ってくれているらしい。本当、何時親友になったのかとは繰り返し言いたいが……俺だって友達かなって思っていたりはする。そんな事を考えていた時、メルゼウスが言った。

「これからは、二階の空き部屋を仕事部屋にさせてもらってもいいですか?」
「うん、いいよ」
「ありがとうございます。あとは、定時になったら、俺は粒子移動で王宮へ行ったり、帰ってきたりするので、基本的にはお構いなく。俺に用がある時は、直接声をかけて下さい」
「分かったよ」

 こうしてこの日から、伯爵邸には、メルゼウスも名目上は執事として加わる事になったのだった。




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