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【第二十話】魔王、四天王最後の一人と会う。





 念のため、翌日は外出する事はせずに、サンテリルラード城の中で過ごす事にした。俺達は、塔の中で遊ぶ事にした。かくれんぼをしようとシリル殿下に提案された時は、俺達もう学院の一年生で十六歳なんだけどなと正直思った。でも俺以外全員乗り気なので、俺も加わる事にした。結果見事にじゃんけんで負けた。俺は何かと運が悪い時がある……。そもそも運がよかったら、勇者達に封印される事も無かっただろう……。クジ運とかも、正直俺は悪かったりする。それでもなんとか俺は全員を見つけ出し、この日は何事も無く遊んですごした。そして最後の夜を過ごしてから、翌朝、シリル殿下の転移魔術で王都へと戻った。

 帰宅した俺は、伯爵邸に入ってすぐ、出迎えてくれた面々に「ただいま」と声をかけた後、マリアーナを呼び止めた。

「なに? 魔王様」
「あのさ、王宮に行ってほしいんだけど。調べ事を頼みたい」

 元々マリアーナには索敵や諜報活動を頼む事が多かったし、今回の頼み事にも最適だと思う。だが俺の言葉に、いつも無機質な表情を、すごく嫌そうにマリアーナが変化させた。

「どんな調べ事?」
「王太子のアンドレ第一王子殿下の動向を探って欲しいんだよね。不審な動きが無いかとか」
「えー……面倒くさいです……」
「マリアーナ。お願いだから」
「魔王様の頼みなら仕方ないですけど……えー」
「早く行ってもらえる?」
「……はい」

 しぶしぶといった様子で、嫌そうにマリアーナが姿を消した。これは転移魔術ではなく、使い魔にのみ可能な、特別な移動法だ。空中に漂う魔力の粒子と同化し、瞬間的に移動する技法である。目的地で体を粒子で再構築可能だから、今頃はもう王宮に到着しているだろう。なおこれにより、見た目も変えられるので、調査に困る事は無いだろう。使い魔は何かと便利だと俺は思う。

 こうして指示も出した事だしと考えながら、この夜はゆっくりと眠った。

「魔王様」

 翌朝、カーテンから陽の光が差し込み始めて暫く経ってから、俺は爺やに声をかけられた。薄っすらと目を開くと、爺やがしわしわの顔に笑顔を浮かべていた。

「メルゼウスが会いに来ておりますぞ」
「ああ、そう」

 それを聞いて、俺は四天王最後の一人の顔を思い出した。

「リビングに通してあります」
「分かった、今着替えたら行くよ」

 俺の言葉に頷いて、爺やが部屋を出ていった。俺は適当な私服の袖に腕を通してから、身支度を整えて階下へと向かった。そしてリビングに入ると、テーブルの上に大量の書類の山が見て取れた。それを一枚ずつ高速で手に取り、万年筆を怒涛の勢いで走らせているメルゼウスを一瞥し、思わず俺は辟易した気分になってしまった。

 魔王城でもこうだった。とにかくメルゼウスは、いつも書類を片付けている。元々は最強の武力を持つ使い魔として召喚していたはずなのに、真面目過ぎるメルゼウスには、結局のところ魔獣討伐よりも書類仕事や執務の手伝いをしてもらう事が圧倒的に多かった。

「ご無沙汰いたしております、魔王様」

 書類から顔をあげることも無く、メルゼウスが言った。金色の長めの髪が揺れている。二十代半ばくらいに見える。その藍色の瞳が、素早く書類の文字を追いかけたままなのを見ながら、俺はそばのソファに座った。

「うん、久しぶりだね。時間が取れたから来てくれたのかと思ったけど、忙しそうだな」
「いいえ、今日は暇な方です。お会いできて光栄です」
「本当にそう思ってる?」
「……正直、魔王様が封印された後の魔族領地の残務処理にはかなり苦労したので、それについて恨み辛みを語りたい気持ちはあります」
「うん、ごめん、それは聞かなくていいや」
「魔族領地の再興はなさらないのですか?」
「しないよ。もう俺は人間として生きていくし、魔族自体――少なくともこの国には、もう存在しないんでしょう?」
「ええ。無人だった海の向こうの島に、皆ひっこして、そちらで民主主義国家を築いて過ごしているようです。魔王様がいなくなってしまったので、選挙で選ばれた代表者が集まって仕事をしているかたちだ。俺も一応元老院のメンバーにはなってます」
「ふぅん。俺はもうそちらにはかかわらないから、頑張って」

 俺の言葉に、メルゼウスは嫌そうな顔をしたが、小さく頷いた。その間も手が止まらないあたり、本当にワーカーホリックとしかいえない。

「そういえば魔王様。他の三人を、この屋敷に住まわせているとか」
「うん。使用人のふりをしてもらってるし、実際それっぽい仕事もしてもらってるよ」
「なるほど。俺もこちらに住まわせてもらえませんか? ほとんど今借りている家には戻れないので、家賃が勿体なくて」
「いいよ。その内君が来たら、執事をお願いしようと思って、そのポジションを開けてあったんだ」
「家の仕事はほとんどできませんが、幸い今の職場は兼業なので、名前だけでしたら。給料には期待します」
「給料は、普通の額しか出せないよ。ところで今の職場って……あ。王宮だっけ?」
「ええ。俺は今、王宮の宰相府にて、宰相閣下の補佐をしています。ルキアス・ナイトレル宰相閣下のご息女と、魔王様は婚約していると聞いたな、そういえば」
「あー……一応形式上はね……それよりさ、訊きたい事があるんだけど」

 俺はそこで、思い出した事を質問する事に決めた。

「今、マリアーナにも調べに行ってもらってるんだけど、アンドレ王太子について少し気になる事があるんだよね。あとは、君の目から見たシリル殿下についても」

 すると初めて手をとめて、チラリとメルゼウスが俺を見た。そして小さく頷いてから、再び書類に視線を戻した。

「何なりとお聞き下さい」

 その言葉に俺が頷いた時、爺やが紅茶を運んできた。俺は礼を言い、それを受け取ってから、続けてより具体的に聞いてみることにした。



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