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【第十五話】魔王、手足を伸ばす。





 その夜は、各班ごとに話をする事になっていた。

「疲れたけど、充実感があったなぁ」

 シリル殿下の声に、アゼラーダが頷いている。

「そうですね。野営の知識が、まさかこんな形で生きるとは思いませんでしたし、料理も役立ってよかったです」

 アゼラーダは本当に心強い。俺がそう考えていると、ルゼラが両頬を持ち上げた。

「本当にアゼラーダ様は頼りになりますね。リザリア様も」
「私はなにもしておりませんわ」

 リザリアは聖剣を抱えながら笑っている。俺的には、一番『なにか』してしまったのは、リザリアだと思う。聖剣が煩いので、俺も先程から魔槍を出現させている。俺が握っている槍と、リザリアが持っている剣は、現在は念話で愛を囁きあっている様子だ。

「それにしても、王都遊園地が楽しみですわね」

 そう言ったリザリアに対し、シリル殿下が夜空を見上げながら言う。

「その前に、テスト期間があるけどな」
「確かに……テスト期間が終わったあとの日付の一日券ですものね」

 リザリアが頷くと、ギュッとルゼラが目を閉じて、不安そうな顔をした。

「魔術理論で不安なところがあります」
「私も勉強はあまり得意ではない」

 アゼラーダが嘆息した。するとシリル殿下が視線を向けた。

「アゼラーダは俺より頭がいいだろ?」
「殿下……殿下は問題を解くのが遅いんです」
「だよなぁ……はぁ、テストには不安しかない」
「王宮の家庭教師に特別補修を頼みましょう」

 アゼラーダの提案に、遠い眼をしてシリル殿下が頷いた。それを見守っていたリザリアが、その後白い頬に両手で触れた。剣はふよふよと宙に浮かんでいる。俺の槍も浮かび上がった。

「今夜で終わりというのも寂しいですわね。明日帰らなければならないだなんて」

 するとルゼラが頷いた。シリル殿下とアゼラーダも頷いている。俺も少しだけ、寂しい気がする。思いのほか、この林間学校は楽しい。

「遊園地にもいくんだし、またこのメンバーで遊べるでしょ。寂しがる必要はないんじゃないかな」

 俺が述べると、皆が頷いた。そしてシリル殿下が思いついたように手を叩いた。

「そうだ、また一緒に遊ぼう。遊園地に行った後も。夏休みとか、みんな空いてる日は無いか?」
「私はいつでもお供します」
「私とグレイルもお供しますわ」
「わ、私も行ってもよいですか?」

 なんだか俺は行く方向でリザリアに話を進められた。だが行かないと言うつもりもなかったので、小声で尋ねたルゼラを見る。ギュッと手を握っていて、緊張した面持ちだ。対するシリル殿下は嬉しそうに頷く。

「みんな大丈夫でよかった。ええとな、俺の城が王家直轄地にあるんだよ。俺、これでも王族だから転移魔術が使えるし、移動はそれですぐだから、みんなで遊びに来ないか?」

 五人を移動させるというのは、それこそ勇者パーティの王子と同じくらいの魔力量が無ければ困難であるし、かなりの魔力を消費すると思ったが、俺は黙っていた。出来るというなら、出来るのだろう。

「素敵ですわね。シリル殿下のお城ですか」

 リザリアが言うと、隣でルゼラが目を輝かせた。

「私、お城なんて初めてです……」

 この林間学校において、ルゼラはだいぶ明るくなったように見える。俺はそんな事を考えつつ、空を見上げた。夏の星座が輝いていて、三日月が大きく見えた。

「じゃあ決まりだな」

 こうして話がまとまり、俺にも夏休みの予定が出来たのだった。
 その夜は、魔獣が出現する事もなく、それぞれのテントに別れて、俺達は眠った。
 そして翌朝、朝食をとってから撤収作業をし、林間学校は終わりとなった。山道を下りながら、見えてきた王立魔術学院の学び舎を眺める。中々に楽しかったなと改めて思いながら、その後校庭で全員がいる事を先生が確認してから、解散となった。


 馬車に乗って伯爵家に戻ると、爺や達が俺を出迎えた。二泊の間は、開けた土地の一角にある魔導シャワーでそれぞれが汗を流していたのだが、やはりゆっくりと湯船につかりたい。そう考えて、俺はまず、入浴する事に決めた。

 浴槽につかり、俺は手足を伸ばす。

「はぁ……密度が濃かったような気がする」

 魔王だった俺としては、新体験づくしの林間学校だった。けれど。

「――人間の行事というのも、結構楽しいんだなぁ。あ」

 呟いてから、また俺は、自分が楽しいと思っていた事に気がついた。無意識だったものだから、一人きりだというのに気恥ずかしくなって、顎までお湯に浸かる。こういう楽しみ――人とのかかわりで楽しかったと思うのは、本当に過去にはなかった体験だ。

「……遊園地に、夏休みに……テストはまぁ、何とかなりそうだけど」

 今後に思いを馳せて、俺は双眸を閉じた。
 入浴後、外に出るとカットした檸檬入りの水を盆にのせて、マリアーナが顔を出した。

「魔王様」
「ああ、ありがとう」

 礼を告げてグラスを受け取り、俺は喉を潤した。するとマリアーナが、まじまじと俺を見ている事に気が付いたから、首を傾げる。

「どうかした?」
「楽しかった?」
「ん?」
「林間学校」

 それを聞いて、少し思案してから、俺は思わず吐息に笑みをのせた。

「まぁね。まぁまぁ楽しかったよ」

 素直に答えた俺に対し、いつも通りの無表情ながらも、マリアーナが大きく頷いた。

「今度、行ってみたい」
「そう。じゃ、今度はマリアーナも、それに四天王のみんなで――まぁ忙しそうなメルゼウスはともかく、俺達でどこかに行ってみるか。それもいいな」
「うん」

 俺はまだまだ人間の世界には楽しい事が広がっているだろうと考える。俺だけでなく、使い魔だってそれらには興味があるだろうと思い、いいや、俺が封印されていた間にも人の時の流れを見ていた皆の方が知識が豊富だろうかと思いなおした。ただ、一緒に遊ぶといった事はほとんどした事がないのだから、今後は楽しんでもいいだろう。もう俺は、正確には、魔王ではないのだから。

 この夜は、ゆったりとベッドで俺は眠った。



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