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【第十一話】魔王、トランプをする。





 しかし魔王だった頃は、まぁ長閑なひと時が無かったわけでもないが、戦う事などに必死で、こんな風にゆったりと遊びに来たりした事は無かった。学校行事だから、正確には遊びじゃないけれども、俺の中ではそんな感覚だ。

 意外とテントは上手く張れた。というのもガタイの良いシリル殿下が大活躍して、杭を打ってくれたからだ。俺は支えていただけだ。男子と女子は別のテントなので、二つ並べて設置し、見回りに来た先生にもOKを貰った。

 なんだか、こういうのも、地味に楽しい。そんな事を考えながら、何気なくシリル殿下を見ると、あちらも俺を見ていた。シリル殿下がニコりと笑ったから、俺も何となく微笑を返す。思い返せば、そもそも俺は、部下や配下は結構いたが、こういう友達らしい友達のような存在はいなかった。ん? 友達……? 俺は自分の思考に困惑した。親しくなる予定は特にないのではなかったか? う、うーん……しかし友達はなろうと思ってなったり、無理にそう感じるものではないのだから、自然とそう言う思考になった以上、それは友達としていいのではないかとも考える。そうか、どうやら俺にも友達が出来たらしい。

 その後俺とシリル殿下は、焚火の用意をした。すると料理の下準備をしていた女子達がやってきた。本日は、シチューとパンの予定だ。具材を切ってきたらしい女子達を見る。テントを張るのと同じくらい時間がかかっていたのを考えると、アゼラーダがあちらで本当に良かったのではないかと俺は思った。

 こうして一同で薪を囲んで、火をつけた。なおこれは、俺も魔王時代に何度も野宿で経験したし、火属性魔術もあったから簡単にできた。するとリザリアが小さく首を傾げた。

「グレイルは、水属性の魔術も以前に使っていたと思うけど、火属性も使えるという事は、複数属性が使えるのかしら?」

 まずい、些細な事だったから、気にしていなかった。俺は曖昧に笑うしかない。

「簡単なものならね」
「それでもすごい事です」
「まぁ今はいいだろ? それより、シチューは上手く出来そうなの?」
「あ……こ、こちらには、アゼラーダがおりますもの」
「リザリアは何をしたの?」
「……ピーラーの使い方を覚えました。グレイルが持ってきてくれたニンジンの皮は、私が手がけましたの」
「へぇ」

 俺は話を変えた。リザリアがあからさまに視線を背けていた。その後アゼラーダが主導し、鍋がのせられて、シチュー作りが始まった。俺とシリル殿下は休憩となり、女子達が鍋を囲んでいるのを、少し後ろで雑談しながら眺めていた。なおあくまでもこれは夕食で、昼食は別途学院が用意したサンドイッチが配られた。途中でそれを受け取り、シチューを煮込みつつ合流した女子と五人で、俺達はスモークサーモンとクリームチーズとレタスのサンドイッチを食べた。これがまた美味だった。軽食なのは、夕食の時間が早いからだ。その後、全体でキャンプファイヤーが行われる予定だという。その場で、魔術花火をするらしい。各々の生徒が使える属性の魔術で、配布される花火枝の先に、花の模様を作る遊びだ。花火と呼ばれてはいるが、別段火属性の魔術には限らない。枝の先に見える魔術で構築した模様が、大抵の場合焔のような揺らめきをするからそう呼ばれるのである。

 その後シチューが完成したので、女子達がテントの確認へといった。俺とシリル殿下も一度テントへと戻った。するとシリル殿下が荷物の前でごそごそとしてから、手にトランプを取って、俺に見せた。

「こ、これ! グレイルは、トランプは得意か?」
「んー」

 俺はトランプをやった記憶を振り返った。魔王時代には、時々魔族カジノに行ってポーカーをした覚えがある。この肉体では、幼少時に当時の友達と、簡単なババ抜きや神経衰弱、大貧民などをして遊んだ気がする。ただ大貧民は、貧民街への差別意識が含まれた名称のゲームであるから、ルゼラの事を思い出すと、今となっては心が痛い。

「普通かな」
「俺さ、あんまりやった事が無いんだ。それこそアゼラーダと乳母とやったっきりでさ。こういうの、友達とやるのに憧れてたんだ」
「やる? 暇だし」
「いいのか? お前ならそう言ってくれる気がした」
「女子も誘う?」
「うん、そうだな。でも、誘いに行くの緊張するな……」
「緊張?」
「女子のテントを開ける勇気が俺にはない」
「外から声かけたらいいんじゃなくて?」
「そ、そうだな。グレイル、頼む!」
「うん、いいけど」

 なにやらすごく意識しているシリル殿下を残し、俺はテントの外に出た。そして女子のテントの前で声をかける。

「ねぇ、暇ならトランプしない?」

 するとリザリアがテントから顔を出した。

「トランプですか?」
「うん。シリル殿下とやろうって話していて」
「ちょっと待ってくださいね」

 リザリアは中に振り返り、ルゼラとアゼラーダに声をかけているようだった。そして再び俺を見ると、笑顔で頷いた。こうして俺達は、焚火の前に再集結する事にし、俺はシリル殿下の外へ来るよう声をかけた。

「なんのゲームをするのですの?」

 リザリアの声に、俺は腕を組んだ。簡単なものがいい。やはり、ここは、ババ抜きがいいだろう。俺がそう考えていると、シリル殿下が苦笑した。

「ババ抜きは?」

 俺と同じ気持ちだったようだ。するとアゼラーダが頷いた。

「私はババ抜きしかルールを知らないんだ」

 なるほど、と、俺は納得した。シリル殿下は、それを知っていたのだろう。するとリザリアとルゼラも頷いたので、俺達はババ抜きをする事に決まった。シリル殿下がカードを切って、配っていく。なんと、俺の手元に、ジョーカーが来てしまった。しかし俺は顔には出さず、隣に座るリザリアを見る。人間が選びやすい位置にジョーカーを置くという選択肢もあったが、リザリアならそれを見越して別の位置から引くような気がしたから、俺はあえて配られた時の位置から変えずに、カードを広げてリザリアの前に出した。俺がじゃんけんでかったから、俺から開始だったのだ。

「……」

 すると見事にリザリアがジョーカーを引いてくれた。しかし彼女も表情を変えない。俺はそれが面白かった。だが知らんぷりを貫く。俺は表情筋をしっかりと調教しているので、真面目な顔が得意だ。作り笑いも同じくらい得意だが。

 さてこの初戦、そしてその次も、いいや最後まで、ずっと一位を死守したのは、誰でもなく俺である。俺は、結構負けず嫌いだったりもする。ゲームとはいえ、本当に気分がいい。皆、ポカンとして俺を見ている。

「強いのですね」

 リザリアに言われたので、俺は口角を持ち上げた。

「たまたまだよ」

 俺は厭味ったらしくそう言った。ああ、楽しかった――と、考えて、俺は久しぶりに自分がポジティブな感情を意識している事に気が付いたのだった。うん、悪くない。

 このようにして楽しいひと時は過ぎていき、すぐに夕食の時刻がきた。


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