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【第十二話】魔王、魔術花火をする。




 シチューは美味だった。シェフの品と遜色ない味付けだが、野菜がちょっと個性的な切り方だった。だが幸い誰の手にも医療魔術が用いられた気配はないので、ご愛敬だろう。ゆったりと食べてから、俺とシリル殿下で皿洗いを担当した。水属性で俺がサラッと洗ったら、近くの魔導水道から水を汲んでくるつもりだったらしいシリル殿下が笑顔になった。それでもよかったなと、俺は綺麗にし終わってから気づいた。ただ、使える魔術は使っていき、楽をしたいという想いもある。

 その内に日が暮れてきて、紺碧と橙色が空で混じり、一番星が輝き始めた。
 俺達は開けた地の中央に先生方が作った巨大なキャンプファイヤーのもとへと向かった。他の生徒たちも集まってきて、円ができる。そこへ魔術花火が配られた。俺は班の端に座っていて、隣はリザリアだ。

「何属性を使うのですか?」
「何が見たい?」
「――もしかすると、貴方は全属性を使えたりするのですか?」
「どう思う?」
「グレイルなら、出来るような気がしますが……本来、それには膨大な魔力を使いますし……そうであるならば侯爵家に昇格する状況なのではありませんか?」
「ただの貧乏伯爵家だよ。だから――」

 俺は、円満解消によい言葉を思いついた。

「公爵令嬢の君が嫁いできたら、苦労をするのは目に見えてるよ」
「御心配には及びません。私は、卒業後は、騎士団に所属するつもりですの。医療魔術で治療班に所属したいのです」

 その言葉に俺は目を丸くした。公爵令嬢が働くというのは、非常に珍しい。慈善事業などをする事はあるかと思うが、それであってもせいぜい平民相手だろうと思える。貧民街に現在顔を出している様子の点も含めて、リザリアは外見に反して意外な事が多い。まあ変わった部分があるというのは、いきなり俺を新しい許婚に指名したりするのだし、分かってはいる。突拍子も無い事を、たまにするみたいだ。

「反対ですか?」

 俺が黙っていると、リザリアが微苦笑した。

「別に。好きにしたらいいんじゃない?」
「――私が何をしようと、興味が無いという事ですか?」
「そうじゃなくてさ。なにをしたいのか決定するのは、その当人だと俺は思うんだよね。それだけだよ。リザリアがしたい事を止める権利を俺は持ってないと思ってる」

 つらつらと本音を想ったままに俺が語ると、リザリアが柔らかい笑みを浮かべた。

「安心しました。それと、グレイルも安心してくださいませ。きちんとベルツルード伯爵夫人となって、私はグレイルの妻としても相応しい振る舞いを致しますわ」
「……そう」

 円満解消に失敗してしまった。今は、いい感じだと思ったんだけどな……。
 そこで俺は気を取り直して、魔術花火を見た。

「それで? 何属性がいい?」
「やはり火がみたいですわ。魔術花火の中では一番好きなのです」
「いいよ。何色が好き?」
「青と緑が」
「へぇ。こんな感じ?」

 俺が緑の光を放つ青い火花を魔術花火の棒の先に灯すと、リザリアが目を丸くし、それから破顔した。

「綺麗……」
「俺、初めて自分で魔術花火をしたよ」
「実は私も初めてなのです」

 俺は魔王だったため人間の遊びにはあまり造詣が深くない。そしてこの肉体においても、魔術花火は基本的には、平民の中の魔力持ちの間で広まっている遊びであるから、貴族の俺にはなじみが無かった。横を見ると、全員が初めての様子だった。貧民街では魔術花火は高級品だから買えないらしく、ルゼラも経験が無かったらしい。

 皆で言葉を交わしつつ、その後も俺は様々な属性を試した。リザリアも火属性魔術を用いている。それから少しして、リザリアが小声で言った。

「夏休み明けには、クラス替えがありますね」

 そういえばそうだったなと俺は思い出した。林間学校が終わって、テスト期間をはさむと、すぐに夏休みとなる。この王国は、夏が来るのが早い。

「なんでも今回の班編成を考慮して、クラス編成が行われるそうですわね」
「そうなんだ」

 それを聞いていたようで、リザリアの隣からシリル殿下が嬉しそうな顔を向けた。

「本当か? 俺、このメンバーで同じクラスだったら嬉しい」
「私もです。シリル殿下やリザリア様、アゼラーダ様やグレイル様と一緒になりたい!」

 ルゼラも目を輝かせた。アゼラーダも静かに頷いている。リザリアはそれを見ると、両頬を持ち上げて頷いた。俺も悪くないなと思った。

「恐らく私達は一緒になれますわ。決まったら、よろしくお願いします」

 リザリアの声は明るい。皆が喜びムードなので、俺はちょっとだけくすぐったい気持ちになった。その後、キャンプファイヤーはお開きとなり、俺達は自分達のテントへと戻った。そして男女に別れてテントの中へと入った。

「おやすみ、グレイル」
「うん、おやすみ」

 俺はシリル殿下とそう言いあって、すぐにタオルケットに包まった。なお、俺は非常に寝つきがいいし、どこででも眠れる方だ。


 ――そんな俺が目を覚ましたのは、深夜の事だった。テントを出てから、月の角度で大体の時間を把握した。周囲は静まり返っていて、みんなが寝ているのが分かる。きっと待機場所で先生達は起きているのだろうが、どうやら気づいていない様子だ。

 しかし俺は、少し距離はあるものの、はっきりと認識していた。近くに、時空の歪みの気配がする。即ち、高確率で魔獣がいる。しかし安全なはずの学院の敷地に出現するとは……本当に、時空の歪みは、どこに出るか分からない。そんな事を考えつつ、俺は風の魔術で脚力を強化し、跳ぶように走って、気配の元を探った。

 探し当てた場所には、巨大な狼型の魔獣がいた。これも俺の知識だと相応に強い。魔槍ラッツフェリーゼを取り出した俺は、手に負えないようなら教師陣を呼びに行こうと考えつつ、とりあえず試しに強さを探ろうと、襲い掛かってきた魔獣に槍を向けた。すると――サクッと槍が魔獣を貫いた。え。やっぱり、弱くないか……? ポカンとして俺が目を見開いている前で、狼型の魔獣は光の粒子となり、その粒子が時空の歪みに吸い込まれるように消えていき、時空の歪み自体もそのまま消失した。

「……え? 人間の知識も退化してるけど、魔獣も何か変異でもしたの、これ?」

 訳が分からないと思いつつ、俺はそう呟いてから、魔槍を亜空間に戻した。
 その後は、考えつつ、ゆったりとした足取りでテントまで戻る。誰一人として気づいた様子が無かった。俺は、襲ってきていたら被害が出たんじゃないかとも思ったが、自分の功績を誇示したいといった思いは無く、目立ちたくないので、今夜の事は忘れる事に決めた。なのでテントの中に音を立てずに入り、自分のスペースで改めてタオルケットに包まった。さて、寝よう。



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