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【第四話】魔王、四天王を喚びだす。


 馬車で帰宅した俺は、日中思い出した『爺や』について考えた。彼らは純粋魔族でなく使い魔であるから、召喚魔術で召喚可能だ。使い魔というのは、元々は俺――魔王の魔力が分離し、具現化してできた器に、知性が宿った存在の事だ。俺は地下室へと降りていき、両親が武器庫にしていたその一室の床に、魔術焔で魔法陣を描く。それから中央に立って、目を伏せ頭の中に魔法陣を思い浮かべた。そして『出現せよ』と念じてから瞼を開けた。

 すると気配無く俺の前に、三つの人影が現れた。四天王だからあと一人足りないが、三人出て来ただけでも良いだろう。一番右に立っているのは、巨大なクマのぬいぐるみだ。主に盾役をさせていた、四天王の一人であるレンデルである。半ズボンを穿いているピンク色のぬいぐるみで、目の部分は巨大なボタンに見える。

 その隣にいるのは、背の低い十二歳くらいの外見年齢の少女だ。白い髪をしていて、瞳の色は紫だ。彼女はマリアーナという。彼女もまた四天王の一人で、主に情報伝達や監視などの任務に就いてもらう事が多かった。

 最後の一人が『爺や』こと、エクレスで、小柄な老人に見える。主に俺の身の回りの世話をしてくれていた。

 なお、ここにはいない最後の一人が、最強の武力を誇る使い魔のメルゼウスだ。ただメルゼウスは、仕事中毒(ワーカーホリック)のきらいがあって、戦う姿よりも魔王城のたまりにたまった書類を片付けている姿の方を、よく目にした記憶がある。

 三人が深々と俺に(こうべ)を垂れているので、俺は手で合図して、姿勢を正すように命じた。するとすぐに三名が顔を上げた。

「魔王様、おかえりなさい」

 ツインテールを弄りながら、マリアーナが高い声で言った。無表情で声も淡々としている。いつも通りだ。

「まぁね。君達は今まで何をしていたの?」

 俺が尋ねると、レンデルが飛び跳ねた。クマのぬいぐるみが踊っているように見える。

「俺達は、魔王様が封印されてからは魔力の繋がりが途切れていたんで、今までは解放されている状態で自由に過ごしてましたよー!」
「そう。喚ばない方が良かった?」
「いやいやー! お会いできて嬉しいですよー!」

 レンデルの声は明るい。最後に俺は、爺やを見た。

「ところでメルゼウスはどうしてるか知ってる?」
「メルゼウスは、現在王宮の宰相府で文官をしてますのう。あやつは、書類が溜まっているのを見つけると、片づけないではいられない性分のようでして」

 本当にメルゼウスらしいなと俺も思った。

「ところでさぁ、この家にね、今使用人は日雇いの人しかいないんだ。君達、常駐でやってくれないかな?」

 俺が言うと、三人とも首を縦に動かした。そこでマリアーナには侍女、レンデルにはクマのぬいぐるみから少年の姿に変身してもらって侍従、そして爺やには家令をしてもうら事に決めた。いつかメルゼウスか戻ってきたら執事を頼もうと内心で考える。そう思って一応メルゼウスにも連絡をしておこうと、俺は手紙をしたためた。

「これをメルゼウスに届けておいて」

 そして封筒に入れて、マリアーナに渡した。マリアーナはコクリと小さく頷いて、宙に溶けるように消えた。これは使い魔にだけ可能な移動手段だ。

「それにしても、心強いな」

 一人きりよりは断然いいと思いながら、この夜俺は眠りに就いた。



 翌日も学院に登校した。
 教室の扉を開けて中へと入り、自分の席につく。本日の一時間目は、基礎魔術理論だ。まずは五属性魔術――土・水・風・火・雷とについての理論から始まった。続いて概念として召喚魔術と治癒魔術、そのほかに応用理論として医療魔術などの新魔術があるという説明があった。特に目新しい事は無いかと思っていたが、俺は少しだけ片目を細くしてしまった。

 ――昔よりも、明らかに理論体系が退化している。

 古の時代は、勿論学校などは無かった。だから個人差が凄くて、上には上が……それこそ魔王である俺や、勇者、パーティにいた魔術師、当時の王子などがいて、下は言っては悪いが使えなかった。だが今は、その当時の『下』の人々にも、広く浅く魔術知識を提供している様子だ。そのため今は、それらの人々にも分かりやすく平均的になった分、理論も簡単になってしまっているらしい。分かりやすさを重視しすぎて、その流れから退化していったのだろうと、手に取るように分かった。だが今ではこの程度の知識でも平和が保てるのだから素晴らしい世の中だとも同時に思う。

 ただ理論の事が少し気になったので、昼食はリザリアと食べた後、午後の講義を終えてから、俺は図書館へと足を運ぶ事にした。

 最先端の魔術理論所が学ぶ棚へと真っ直ぐに向かう。ざっと見ただけでも、やはり生活に密着している魔導具理論がだいぶ進んでいる事が分かった。魔導武器理論と純粋魔術理論に関しては、あまり変わっていないか、退化さえしているように思えた。なお、召喚魔術と治癒魔術にいたっては、かなり廃れている事を、再確認してしまった。

 適当に捲った本にも、『召喚魔術は、今となっては幻のような魔術』だと書かれていた。また治癒魔術は医療魔術にほとんどとって変わられつつある。

「時代は変わったな」

 ポツリと呟いてから、俺は下校する事にした。馬車の中で、俺は背を預ける。王立魔術学院は、二日行っては一日休み、また二日行っては、次は二日休みというスケジュールだ。この王国は七日間で一週間であり、一ヶ月は四週間、一年に十二の月がある。今はまだ春の気配が色濃いが、すぐに夏が来るだろう。そう考えながら、俺は窓の外を流れていく風景を、何気なく眺めていたのだった。



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