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第4話

 アシハラノクニの中央、タカマガハラはもっとも地獄に近しいと謳われている。

 地獄とはあくまでも比喩表現にすぎず、されど地の奥底より這い出づる鬼共は正しく地獄という表現がしっくりこよう。

 かつてこの国では大きな戦があった。

 その戦では数多の命が犠牲となり、大地に痛々しい傷跡を残すほどの壮絶なものであった。

 やがて戦も終わり、これで平穏な時が訪れると誰しもがそう信じて疑わなかった。

 実際は彼らの思惑とは大きく異なる事態が第二の惨劇をもたらしたのである。

 死した者達の凄烈な恨みや怒り……そうした負の感情は荒魂(あらみたま)となり、やがて異形の存在を次々と生み出した。

 その異形こそ、禍鬼(まがつき)――殺戮と破壊を司る彼らの存在は、瞬く間にアシハラノクニすべてにおいての天敵となった。

 やがて時は流れ、ようやく平穏な日々が続く傍らで死地に赴く者達がいた。

 未だ痛ましく残る負の遺産……地獄――とても深く大きな穴である――より現れる禍鬼(まがつき)を狩る者。

 優れた知恵を持ち、秀でた武術と呪術を武器にして人々とこの国を守護する彼らを、尊敬の意を込めエフビトと呼んだ。



 本日は雲一つない快晴。

 さんさんと輝く太陽は眩しくてとても暖かく、その下では小鳥達が優雅に泳いでいる。

 時折頬をそっと優しく撫でていく微風は、まだ冬の名残があるのだろう。ほんのりと冷たさを帯びているが、逆にそれが心地良い。

 今日は正しく絶好のピクニック日和である。

 タカマガハラはさながら祭のような活気で満ち溢れていた。

 都の住まう者からすればこの光景こそが日常であり、だが他所から来た者からすれば本当に祭でもやっているのかと、よく勘違いをすることが少なからずあるのも、ちょっとした名物であったりする。

 もっとも地獄に近しい場所にあるというのに、彼らの顔は皆一様にして明るい笑みが浮かんでいる。

 それもすべて大勢のエフビトがいるからに他ならず。

 故に人々も安心して日々をすごせているのだ。

 そんな民衆に混ざる雷志の表情は、周囲と比較してあまりにも暗かった。

 空が清々しいぐらい青々としているのに対して、彼だけがまるでどんよりとした鉛色の雲に覆われているかのよう。

 明らかにその表情(かお)には落胆の感情(いろ)が色濃く滲んでいて、溜息ばかりする彼の様子に周囲の人々は不可思議そうな顔をして小首をはて、とひねる。


「……今日も仕事を探すか」


 力ない足取りで雷志が向かったのは、口入れ屋だった。

 またの名を依頼代行紹介場とも言う。

 高額の報酬と引き換えに第三者に代わって自らが遂行する。

 ここでは毎日、数多くの依頼が舞い込む。一個人からでもあれば、帝直々のものと実に多種多様だ。

 当然ながら危険度が高ければ高いほど、死のリスクは避けられないがその分の報酬は極めて大きい。

 帝からのものともなれば、昨日まで無名だった者が明日には大金持ちになっている。

 特にタカマガハラの周辺には数多くの地獄があるから、一気に出世街道を歩みたい者にはうってつけだ。

 そんな夢のような話も、口入れ屋であれば不可能ではない。


「――、あ。雷志さんおはようございま……って、何かあったんですか?」


 薄墨をぶちまけたかのごとく、どんよりとした雰囲気をひしひしとかもし出す雷志にそう声をかけたのは、口入れ屋の受付を担当している桜木ミノルである。


「……いや、俺なら問題ないよ。余計な心配をかけさせてすまないな」

「い、いえ。それだったらいいんですけど……」

「――、けっ! たかだか闘級C程度の野郎が、俺らのミノルちゃんに話しかけてもらえるとは羨ましい限りだねぇまったく」


 そう野次を飛ばした巨漢の言葉に、周囲から彼を賛同する声がいくつもあがった。

 ミノルはアシハラノクニにおいて受付嬢であると共に、とても人気が高い女性としても有名であった。

 半人半神……ヒトと、ヒトよりも遥かに優れた知能と力を持ったカミとの間に生まれた彼女は、その美しい容姿からこれまでに数多くの人間を虜にしている。

 彼女自身、その美貌を武器にすることはなく誰にも分け隔てなく接する心優しい持ち主であることも、人気が高い理由の一つとも断言できよう。

 そんな紅一点が、たった一人の男に話しかけているのが彼らは気に食わないのだ。

 これでもし、自身よりも闘級の高い冒険者であれば不満はあろうがまだ彼らとしても納得ができたに違いあるまい。

 この世は弱肉強食だ、いくら賢かろうと守れるだけの力がなければそれも無用の長物にすぎない。

 雷志は――冒険者としての闘級はCである。

 六段階で言うと中級に部類されるが、更に細かく部類するとC-だった。

 一方で、さきほど野次を飛ばした男達は皆等しく闘級A……つまりは、雷志よりもずっと優れた熟練のエフビト揃いだ。


「ちょっと、ここはあくまでもギルドであってそういうお店じゃないんだからね!」

「そ、それはわかってるけどよぉ。でも、そいつは闘級Cなんだぜ? この前だって英傑のパーティーの一員として組んだのにその日で解雇されたって話じゃねーか。こんなダサい話があるかってんだよ」

「あのねぇ、雷志さんは――」

「いい、ミノル。こいつらの言っていることは正しい」

「けっ……物分かりがいいじゃねーかよ」

「ただ己の部を弁えているだけにすぎんよ俺は」


 それだけを言い残して、雷志は口入れ屋を後にした。

 その足で向かったのはタカマガハラの一番最南端に位置する、ちょっとした広場だった。

 特にそこに何かあわるわけでもなし。ただちょっと広い空間がぽつんとあるだけで利用する人間はまずほとんどいない。

 雷志は一人きりであることを確認するや否や。


「――、どうして俺は魔泥鬼(までんき)を斬れないんだ……?」


 そうもそりと溜息と共に愚痴を吐きこぼした。

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