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11 Caseトマス⑪

 地響きがするほどの足音が聞こえ、屹立した一物をぶら下げた第三王子が拘束された。
 その時、その場にいたのは第三王子と皇太子妃、そして気を失った侍女だけ。
 駆けつけた皇太子に殴り飛ばされた第三王子は、そのまま牢に繋がれた。
 破られたドレスで必死に体を隠す妻を上着で覆い、抱き上げた皇太子は憤怒の形相で言い放った。

「この落とし前はどうつける気だ! 即刻帰国し国王に報告する。その後の対応によっては宣戦布告も辞さないと思え!」

 少し遅れて到着したC国第二王子と、太った体をゆさゆさと揺らしながらようやく到着した国王は、呆然と立ち竦んだ。
 サシュが操る馬車に揺られながら、メンバーは平民の姿で喋りはじめる。

「後はベルガだね」

「ああ、ラスボス登場さ」

「そう言えばあの4人は?」

「もう仕事してるんじゃない?」

「えっと? 例の見世物小屋だよね?」

「そうだよ。全員が四肢を切られて死ぬまで見世物になるんだ」

「へぇ~、具体的にどんな内容なの? やってたショーより過酷なんでしょ?」

 オーエンが咳ばらいをしながら言った。

「知らなくていい。まあ今までのショーなんて子供だましだと思える程度だよ」

「うげっ!」

 それからは何事もなったように、スイーツの話や最近流行のファッションの話をしながら、馬車は長閑に走って行った。
 あの場にいた侍女から聞き取り調査を終えたD国皇太子は、一言も口をきかずに帰って行った。
 一行は全ての予定をキャンセルし、国交断絶と支援中止のみを言い渡した。
 王族の見送りも拒否し、いまだショックから立ち直れない妻を抱きかかえたD国皇太子は、怒りのあまり持参した土産を全て回収し王宮広場で燃やしたという噂が流れた。

 D国の一行が国境を超えた日、C国の伯爵夫妻を伴ったベルガが宰相に面会を求めた。
 ベルガはその伯爵夫妻の友人であり、Z国のアントレイ伯爵夫人だと名乗った。
 通常なら放置するような案件だが、宰相はすぐに面会の許可を出した。

「第三王子にクスリを盛って錯乱させ、D国との国交断絶を画策した犯人を捕獲した」

 その面会理由があまりにも強烈だったからだ。
 宰相はすぐに国王に報告し、ショックで寝込んでいる王妃以外の全王族が顔を揃えた。
 伯爵夫妻を縛った綱の先端を持つのはオーエンだ。
 アントレイ子爵夫人を名乗る女は、高位貴族ならではのカーテシーを披露し、犯罪者を連行した騎士は、見惚れるほどの礼で信用を勝ち取った。

 伯爵夫妻は友人に裏切られたショックからか、顔色が悪く目の焦点が合っていなかったが、宰相たちの質問にはすらすらと答えた。
 その様子は、まるで覚えさせられたセリフを吐くような滑らかさだった。
 あまりにも素直な自白に、王たちは不気味さを覚えたが、今はとにかく犯人捕縛が最優先だと考え、即刻伯爵夫妻を地下牢に送った。

「久しぶりにこちらに遊びに来ましてね。あの夫婦と一緒に食事をしていた時に聞いたのです。お酒に酔ったのか、まあぺらぺらと話すものですから怖くなってしまって、知らないふりをしようと思っていたのですが、D国の事件を耳にしまして勇気をふり絞りましたの」

「なるほど。ありがたいことです。今お伺いしたお話によると、もともとあの二人が秘密クラブを経営していたということですね?」

「ええ、私は行ったことはございませんので、詳細は存じませんが、何やら特殊な趣味をお持ちの方々をメンバーにして夜な夜な集まっていたとか……」

「そのメンバーの話は出ませんでしたか?」

「数人のお名前は聞きましたわ。確か……」

 アントレイ伯爵夫人は頬に指先を当てて、思い出しながら数人の貴族の名を口にした。
 その名前は倒壊した屋敷から発見された者達の名前だった。
 聞き取ったメモを持って、宰相補佐が地下牢に走り、クスリが抜けた第三王子に確認をとった。
 第三王子は貴族の名は知らなかったが、秘密クラブの場所と開催されていたショーの内容が合致したため、伯爵夫人の証言は信用性が高いと判断された。

「それとあの二人は国家の転覆を図っていたようですの。あの二人は第三王子殿下の元に自分の子飼いをつけて、誘導していたと申しましたわ。薬漬けにして皇太子妃を襲わせるとかなんとか。おそらくあの二人もクスリを常用していたのだと思いますわ」

「それはなぜそう思われたのですか?」

「だって、普段はとてもまともな会話をなさいますもの。娘さんが王家に嫁がれるとかで、とても嬉しそうにされていましたわ。下の娘さんは確かどこかの修道院に入られたとか? ええ、理由は存じません。でも、日によってはとても恐ろしい話をなさいますのよ? 本人は知らないけれど、王子妃になったら娘も利用できるとか、そのために結婚相手の第三王子にクスリを渡しているのだとか?」

 思い当る節が多すぎる宰相は、全面的にアントレイ伯爵夫人を信用した。
 国王に報告し、第三王子の首と共に伯爵夫妻の首をD国に送ることを進言した。
 あそこまでやらかしても第三王子を殺したくない王妃に負け、国王は取り急ぎ伯爵夫妻の首と、その罪状を述べさせるに留めた。

 宰相はとにかく急いだ。
 普段なら証言の裏を取り、容疑者の取り調べに時間をかける慎重さを持つ宰相が、ここまで急いだ理由はD国との戦争回避だ。
 あと数日はC国に滞在するというアントレイ伯爵夫人の宿泊先だけ確認し、丁寧に礼を言って送り出した。
 礼金を受け取ろうとしないアントレイ伯爵夫人の高潔さと、その優雅な立ち振る舞いに騙されたのだった。

 無実を叫び、冤罪だと喚く伯爵夫妻は、即刻断罪された。
 処刑の前に第三王子の婚約者であった伯爵令嬢を婚約撤回の上で修道院に送り、その後伯爵位のはく奪をおこなった。
 平民となった二人は絞首刑となり、その後に首を斬られて塩漬けにされた。
 首に縄を架けられてもなお、無罪を叫び続けた夫婦に同情するものはいなかった。
 二人の首を持ちD国に向かった騎士達は、生きて戻れないことを覚悟していたという。

 ベルガはオーエンと共に馬車に揺られながら言った。

「あの二人が一番楽に逝ったわよね。後の奴らは毎日地獄を味わうのに」

「だって面倒だろ? あんなカスに手間かけるの。あの4人は死にたくなる毎日だろうな。俺なら迷わず舌を嚙む」

「何言ってるのよ。その舌をさっさと切り取っちゃったくせに」

「あっ、そうだった。死ぬに死ねない地獄の日々か……コワイコワイ」

 二人は楽しそうに笑いながら、メンバーが待つ屋敷へと戻って行った。
 依頼人シアが教会に跪いた日から、ここまで二か月。
 

 Caseトマス  ミッションコンプリート
 
 総報酬金額  200,000,000ダラード
        (1ダラード=1円)

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