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2 Caseアーリア②

 その二日後、ディックから報酬を受け取った修道士は涼しい顔で言った。

「多額のご寄付を賜り、神の代理として心よりお礼申し上げます」

 ディックは床に額をつけたまま口を開いた。

「結果はいつ頃になるのでしょうか……一分一秒でも早く彼女を救い出したい」

「ええ、あなたの手に彼女を渡すのは一週間後を予定しています。まずは彼女の救済を優先しますからね。残りの依頼はそこから始めます。まあ半年もしないうちにあの王族はこの世から消えますよ。お楽しみに」

「ありがとうございます」

 ディックは涙で床を濡らした。
 修道士が消えた教会は何事もなかったような静寂を保っている。
 ディックはアーリアを住まわせる家の準備のために、A国へと向かった。

「もう二度と会うことも無い。忘れよう。信じるだけだ」

 そう呟いたディックは小さな旅行鞄を馬に括りつけ跨る。
 一度も振り返らず、ディックを乗せた馬は砂ぼこりを巻き上げて走り出した。
 その様子を木の上から見ていた男がいる。
 その男は粗末な作業着を着ていたが、長い前髪の隙間から覗いた眼光は鋭かった。

「安心しろ。必ず助けてやる」

 その男は独り言を呟いた。
 男の名はサシュという。
 サシュはZ国の王室で飼われていた影だった。
 影は心を持たず命令に従うのみ。
 しかしそんな影であるサシュでさえ、Z国皇太子婚約者ベルガへの仕打ちには思うところがあった。

 ただ一方的な捌け口として存在するしか無かった美しい少女が、心を屠られていく様を見続けた結果、サシュは王家を裏切ることにした。
 殴られ顔の形も原形をとどめていないベルガに冤罪を擦り付け、処刑しようとしている。
 皇太子が見染めた低位貴族の令嬢を婚約者にするためだけに。
 サシュはベルガ処刑の前日に救い出し、先頭に立って苛めをしていたメイドとベルガを入れ替えた。
 舌を抜き顔の形が変わるまで殴ってから、ベルガの代わりに牢に入れた。
 目をつぶされ喋ることもできないそのメイドは、刑場に連れて行かれるとき激しく抵抗したが、そうするたびに騎士から打ち据えられ、絶望の中で処刑台の露と消えた。
 罪人を一族の墓に入れることを拒んだベルガの両親によって、遺体は森に打ち捨てられ、やがて野犬の胃袋へと収まった。
 全ては闇に葬られたのだ。

 救い出されたベルガは昏睡状態のままサシュによって隠され、協力者であったベルガ付き侍女のレナの行李に入れられた。
 主を亡くしたレナが退職を申し出たのは自然の流れとして見過ごされ、サシュは雇われた運搬屋としてベルガの入った行李を軽々と担ぎあげた。
 城門が見えなくなるまで無言を貫いた二人は、馬車から荷物を降ろして乗合馬車に乗り換えた。
 その乗合馬車の馭者は、かつてベルガを護衛していた騎士であるオーエンだった。
 オーエンもまた、ベルガに対するあまりの仕打ちに主家を見限った一人だった。
 サシュとレナは行李に寄りかかり、それとなくベルガを隠す。
 オーエンはなるべく揺れないように馬車を操りつつ、乗合馬車の馭者になり切っていた。
 普通通りに一般乗客を乗せて走る馬車を怪しむ者はいない。

 やがて乗合馬車は終点であるZ国の辺境といわれる地に到着した。
 廃墟の様な教会に入った三人はレナの行李を運び入れ、医者を呼んだ。
 医者はベルガの体の傷が癒えるまでその地に留まった。
 ベルガの意識が戻り、膿んでいた傷が乾いてもその医者は居続けた。

 サシュが見つけてきたその医者は、優れた技術と知識を持ち、薬学にも精通していたが、ある貴族の令嬢が罹った流行り病を治すことができず、恨みを買って命を狙われていた。
 オーエンはその医者を仲間に引き入れた。
 すでに高齢だったその医者は、死ぬまでここにいることを選び、ベルガの回復に全力を尽くすことで自身の安全を確保した。

 半年後、ようやく回復したベルガは状況を知りとても驚いた。
 三人は復讐を勧めたが、ベルガはそれを選択しなかった。
 それよりも自分と同じように理不尽な不幸を強いられている人たちを救いたい。
 ベルガは美しい顔をほころばせてそう言った。
 そして孤児院を隠れ蓑とした秘密組織「イヴォル」が結成されたのだった。

 ベルガたちはエージェントの育成に着手すると同時に、自分たちにも再教育を科した。
 皇太子妃としての教育を収めていたベルガは語学と経済を、騎士として名を馳せていたオーエンは武術全般を教えることができる。
 マナーや生活知識はレナが担い、サシュは隠密行動と暗殺など影としての知識と技術を惜しみなく披露した。
 四人のスキルは同レベルとなり、初めての仕事を見事に成功させた。
 その経験を育成中の子供たちへの教育材料とした。
 それを繰り返して5年、子供たちは立派なエージェントになった。

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