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第3話 二年ぶりの我が家

 ――二日後、熱海の温泉から帰ってきた俺は、駅で同好会のメンバーたちと別れて、家へと戻っていく。

「あぁ、楽しかったなぁ。温泉も気持ち良かったし」

 温泉街ではいろいろ食べ歩きもできたし、気心知れた連中とワイワイやれて本当に楽しかった。
 まあ僅か一日で、ずいぶんと逞しくなった俺を見て三人は理由を聞いてきたが、何となく誤魔化しておいた。
 三人も無理には追及してこず、仲良く旅を楽しめたのである。

 ……うん、やっぱ戻ってきて良かったわ。

 もちろんあっちの世界でも、親しくなった連中はいる。
 こっちに戻る時も、寂しさを感じたさ。けど……それでも俺はやっぱりこっちの世界が良い。

 だってココが……この世界が俺の居場所なんだから。

 それに同好会のメンバーと久々に親睦を深められて良かった。何も変わっていない。普通の世界にいるということが何よりも俺の心を落ち着かせてくれたのだ。
 あっちでは常に気を張っていたから。特に強くなってからは。
 命だって狙われたし、何せ世界を救うためにやるべきことは山のようにあった。

 それが無駄だったとは言わないが、やはり平和な日本で過ごすのが俺には性に合っている。
 俺は一人、ほくほく顔で帰宅した。
 二年経っても何も変わっていない。まあ当然だけどね。

「――ただいま」

 鍵を開けて中に入る。
 だが家の中から出迎えの声が返ってくることはない。

「ま、知ってたけどな」

 俺はリビングへと入り電気を点ける。
 どこもかしこも綺麗に片づけられていて、俺が異世界に行く前と何ら変わらない光景がそこにあった。

 そのままの足で、和室がある部屋へと向かった。
 そこには仏壇が置かれていて、俺はその前に座る。
 こうやって顔を合わせるのも久しぶりだな。

「…………ただいま。久しぶり――――親父、お袋」

 飾られてある写真立ては一つ。一枚の写真には俺の父と母が仲睦まじい様子で映っている。
 今から約三年前に両親は飛行機事故に遭った。

 結婚してから互いに仕事が忙しく、時間ができた時には姉が生まれ、そのあとはまた仕事が立て込み、次に時間が出来た時には俺が生まれるという巡り合わせが悪かった。
 いや、落ち着いて子育てができたことを考えれば運が良かったのかもしれない。

 とにかく両親は新婚旅行をしていなかったのだ。
 そこでようやく五年前に、その機会がやってきた。

 その頃、姉はすでに大学を卒業する年齢となり、立派な大人の仲間入りを果たしていたし、俺の面倒は姉が見られるということで、二人にのんびりと旅行を楽しんでもらうように勧めた。もちろん俺も喜んで納得したのである。

 しかしその道中、両親が乗っているヨーロッパに向かう飛行機が落下したという報が流れ、遺体こそまだ発見されていないものの、あれから一度も連絡がないことから死んだと認定されてしまったのだ。

 こうして仏壇に手を合わせてはいるが、俺も姉ちゃんもあの両親が死んだとは思っていない。きっとどこかで生きていると信じている。
 いつかまた再会できることを願い、線香は立てないようにしているのだ。

 ちなみにこの仏壇は、親戚がほぼ強制的に置いていったもので、仕方なく使わせてもらっているだけだ。写真置きとして。
 現在、この家には俺だけが住んでいる。

 二十五歳の姉ちゃんは、すでに愛する夫を得ていて子供もいるのだ。
 近所に住んでいるので、たまに様子を見に来たりする。

 その度に、掃除しろや自炊しろなど、いちいちうるさく言われるが、姉ちゃんが連れてくる三歳の娘がカワイイので我慢していた。
 幸い両親にはかなりの蓄えがあるため、生活するにはまったく困っていない。
 それでもできるだけ無駄遣いしないようにしているが。

「晩飯何すっかなぁ。やっぱここはカップラーメンだよな!」

 異世界にはなかった、俺が恋焦がれるほどに欲したもの!

 ポットの湯を沸かすためにスイッチを入れて今か今かと待っていると、スマホがブルブルと震え始めた。
 液晶には〝しおん〟の文字が現れている。

「しおん? 用があったなら別れる前に言やいいのに」

 そう口にしながらも着信に出た。

「おう、どうしたしおん?」
「あ、ろっくん? 今いいかな?」
「別にいいぞー」
「ありがとう。あのね、さっき言い忘れてたんだけど、新作ゲームの試作版が完成したの。だからその……またね……」
「テストプレイしてほしいってか?」
「う、うん。ダメ……かな?」
「とんでもない。大歓迎ですよ、お姫様」
「お、お姫様とかじゃないよぉ!」

 相変わらず冗談は通じない奴だ。旅行の間も、つい懐かしくていろいろからかってしまった。ちょっとやり過ぎてソラネに怒られたけども。

「今度こそね、虎先輩にギャフンって言わせようって思って」
「OKOK。じゃあ明日の放課後にお邪魔すりゃいいんだな?」
「うん。ソラちゃんも楽しみにしててくれるって」

 実はこのボードゲーム同好会は、虎さんが発足したもので、ほぼ彼に無理矢理勧誘されたのが俺たちだ。
 最初はボードゲームなんて、テレビゲームより劣ると思っていたが、まず驚いたのはボードゲームの種類の豊富さだった。

 こんなにもあったのかと、まさに青天の霹靂だったのを覚えている。
 しかもやってみればこれまたハマるほど面白い。特に駆け引きが必要なゲームほど燃える。

 そうして知らず知らずにのめり込み、虎さんの思惑通りまんまと入会することになったわけだ。
 そしてメンバーはそれぞれ新作のボードゲームを作って、それをメンバーにやってもらい評価をしてもらう。

 出来が良いやつは、文化祭などにも発表したりするので手が抜けないのだ。
 作ってみるとクリエイター魂が震えるというか、全員をアっと言わせたくなるもので、特にボードゲームの評価に厳しい虎さんに褒められると最高に嬉しかったりする。

 以前しおんのゲームは、虎さんにかなりのダメ出しをくらってしまったのだ。だからこそリベンジのために燃えているというわけである。

「最高のゲームを作って、虎さんをボッコボコにしてやろうな!」
「うん! 頑張る! じゃあまた明日ね、おやすみ!」

 俺も「おやすみ~」と返して耳からスマホを離す。
 ちょうど湯も沸いたようなので、俺は久しぶりのカップラーメンに舌鼓を打った。
 感動で涙を流したのはここだけの秘密ということにしておこう。
 それから幾つもの久しぶりを堪能しながら、俺はその日を終えた。



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