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魔道査察官の専門外

「もちろんよ。と、いいたけど、ディック氏はノースとサリーシャを探してほしいの。悪魔祓いは魔道査察官の専門外でしょ?」、とオプス。
「ああ、わかった。セキュリティーポリスに出動を要請しよう。すぐに二人を保護してくれるはずだ」ディック氏はそう言うとノースを呼びに部屋を出て行った。俺達はメルクリウス寮へと急いだ。
メルクリウス寮は相変わらず幽霊屋敷だった。
俺達は寮の中に入ると、まずはエリファスの私室に入った。
エリファスの部屋は片づけが行き届いていて、きちんと整理整頓されている。「ハルシオンがここに来た形跡はないな」
俺がざっと部屋を見回す。
何かを探したり持ち出した形跡はなさそうだ。
次に俺達が向かったのは寮の管理人室だ。
「おお、あんたらか」
現舎監のグスマンが俺達に声をかけてきた。「ここ最近、このあたりをウロチョロしている怪しい男を見かけたことはないかい? 背の高い若い東洋人で、黒ずくめの格好をしている。顔は仮面をつけていてわからない」
俺はそう説明してグスマンの出方を窺った。
「ん~、見たような見なかったような…… あ、そうだ、思い出したぞ。確か数日前、深夜遅くにそいつを見たような気がする」
「本当か!どこでだ?」
俺は思わず身を乗り出して尋ねた。
「ええっと、あれは三日前の夜中だったかなぁ」
グスマンが記憶を辿る。俺達はグスマンの話を聞くことにした。「いや、俺だって最初は変だと思ったよ。だけど、なんかこう、様子がおかしかったからな」
グスマンは頭をポリポリと掻いた。「何しろ、真っ暗なのに電気をつけようとしないし、ずっと独り言をブツブツ呟いているし、なんだか気味が悪くなって、俺は怖くなっちゃって逃げたんだよ」グスマンはそう言って肩を落とした。「だけど、なんでこんなところにいるんだろうね。ここは寮の敷地だし」
「ま、そこは後で考えるとして、他に不審な男は見かけませんでしたか」俺はグスマンに尋ねた。
「ええ、何だ?何でも聞いてくれ」
俺達は聞き漏らすまいと耳をそばだてた。
グスマンは少し間を置いて答え始めた。「この一か月くらいの間だと思うんだけどね、夜中に妙な声が聞こえるようになったんだ。声っていうのは女の声だ。何か呪文のようなものをつぶやくと、女の悲鳴のような音が聞こえてくる。それが何とも不吉でな。俺の他にも何人か聞いたって言ってたから間違いないと思うんだが、みんな怖がって近寄らないから正体がわからなくて困ってるんだ」
「それはどんな声でした?」
俺は質問を続けた。
「う~ん、俺もはっきりは覚えていないんだがな。何だか不気味な感じだった。まるで地獄から響いてくるような」
するとオプスが青ざめた。「やっぱり『土地の因縁』のしわざよ。とても根深い集団な怨念が――そう、土壌に染み込んだ怨恨みたいなものが霊障を引き起こしている。そいつがグルッペを操っている」
「どういうことですか。オプス教授」
エリファスが追加説明を求めた。
オプスはまくし立てる。
「おそらく私たちの研究を潰そうとしているのだわ。特にハルシオンの発見は地縛霊たちの成仏と早期転生をうながす。そうなってしまえば、この土地に執着している怨霊集団は滅びてしまう。だからディック氏とサリーシャを操って魔導査察機構と学校を対立させようとした」
「となるとサリーシャが危ない。君は彼女の御子息だろう? 居場所に心当たりは?」
ディック氏に俺は即答した。「俺がサリーシャの立場なら旧寮に行くはずです」
「よし。じゃあ俺は旧寮に行ってみる。君はオプス先生と一緒に行動してくれ」
ディック氏は俺達に指示を出した。「ハルシオンは地下の実験室です」
俺は彼に場所を教えた。
「では、くれぐれも注意して…」
二手に分かれようとした瞬間、ディック氏の顔が引きつった。「お…お前…」
現れたのは意外や意外、ディック氏の妻キャロウェイだ。目の余白が真っ赤に光っている。
「下がってください」
俺は咄嗟に殺気を感じた。そしてディック氏をさがらせた。「こいつはベルフェゴールよ。女性不信や流産を司る悪魔だわ」
オプスがスカートの裾を押さえながら身構える。確かに奴はディック氏の奥方ではない。
牛の尾にねじれた二本の角、顎には髭を蓄えた醜悪な姿をしており、便座に座っている。
ベルフェゴールは重低音の裏声で吼えるように言った。「ディックよ。私は苦しい不妊治療を強いられている。お前のせいだ。お前が種なしのせいで私は『孫の顔が見たい』という姑の期待に応えられないでいる」
「だったら、嫌だとはっきり、エリファスに直接そう、言ってくれ。」
ディックはぶるぶると震えた。ベルフェゴール――ディック夫人だった者――はきっぱりと否定した。
「いいや。あの姑はお前を溺愛している。私のいう事など信じる者か」
「だったら、一緒に謝りに行こう。俺から母さんにきちんと説明する。『種なし息子』で申し訳ありませんって」
ディック氏が必死で説得するがベルフェゴールはかぶりを振った。「もう遅い。魔導査察機構の怠慢とノース教授の癒着。二大醜聞は英国じゅうに知れ渡るだろう」
「待ってください!」
そこにハルシオンが駆け込んできた。「待ってください!」
ハルシオンが駆け込んできた。ドアが開け放たれ突風が黒髪をなびかせる。
「おおおおおお。メデューサ! なぜ、貴様がここに。ぐぉぉぉ」
ベルフェゴールは意味不明な捨て台詞を吐いて消滅した。
「キャロウェイ、待ってくれ」
ディック氏が後を追うが雲をつかむような話だった。
「サリーシャは無事か?! あいつなら知っておろう」
扉からもう一人。現寮長のグスマンが飛び込んできた。そして俺を指さす。
「お父様、彼をご存じなのですか」
ハルシオンの問いかけを無視して俺は彼女に訊いた。「ハル、サリーシャは今どこに?」
「サリーシャは地下室よ。この子ったらとぼけてばかりで全然口を割らないのよ。早く助けないと大変なことになる」
ハルシオンは魔法具をこぶしでしばき倒している。
「いててて。公益通報者にこの仕打ちはないでしょう」
グルッペだ。なぜハルシオンが封じているのかわからない。
ともかく俺達は地下室に向かった。「サリーシャ!大丈夫か!」
俺は扉を開けた。

部屋の中は暗くよく見えなかったが「サリーシャ!サリー!」とエリファスが叫んだ。すると、「お、オプス先生!エリファス!」

ハルシオンの歓喜の声とともにサリーシャが飛び出した。

「よかった、間に合った!」エリファスが胸を撫で下ろす。

「心配かけてごめんなさい。私もまさかここに監禁されるなんて夢にも思っていなくて、本当に怖かった」

そう言ってサリーシャは涙ぐむ。エリファスが抱きしめると二人はわんわんと泣いた。

俺はホッとして微笑んだが、次の刹那。何かが足元をすり抜けた。

それは「きゃー」と叫んでどこかへ逃げてしまった。「なんだ、今のは?」俺はきょろきょろした。

「きっと地縛霊だよ。悪霊に取り憑かれて苦しんでいるから悪霊除けを貼ってあげたけどね」とオプスがいったが「オプス教授も取り憑かれているのに大丈夫なのか」と俺は思ったものの口にはしなかった。
「あっちこっちに札を張ってあるから安心していいぜ。それよりさっさと出よう」

ディック氏がドアを開けるとその向こう側に立っていたものにギョッとした。それは血まみれの女性だったからだ。その女性はこちらに気づくとにやりと笑いかけたが途端に苦しみだしたかと思うと身体を引きちぎるようにバラバラになり崩れ去った。「ひゃあ」と悲鳴を上げて尻餅をつくエリファスとサリーシアの背中にそっと手を置くとディック氏は俺たちを立ち上がらせて出口へと誘導した。「ここ入ったら、出るときが大変だったよね」
オプスが思い出を語る。俺達には見えないものを見通せるエリファスは俺の腕をつかんで怯えている。

「ほら、エリファスしっかりするんだよ」と俺。

「ううん」彼女は首を振って歩き出した。

>「どうせみんな死ぬんだから」< *

そんな呪詛が地下室を駆け巡った。こぶし大の黒曜石がどこからともなく投げ捨てられ、床に点字を形作る。そして数秒後にバラバラとはじけ飛び、また文字をつづる。
それを十回くりかえして消えた。

俺は思わずエリファスの手を握った。「え?」と振り返るエリファスに向かって、俺は言った。「そんな事は絶対にない。君を死なせたりしない」俺達は旧寮を出ることができたが「これからはもっと気を付けなけりゃいけないね」「うん。油断禁物だ」そう話しながら旧寮を振り返ると――

背後で轟音が起こったかと思うと建物全体が激しく揺れた。俺は慌てて旧寮に戻った。「これは一体……」オプス教授の顔色が変わる。


旧寮は跡形もなく崩壊しつつあった。壁が崩れ屋根が落ちていく。
「【急災遮絶】」
俺はレベル5マジックで退路を確保した。結界ごしに砂塵がなだれうつ。
誰の手を引いているのやらわからない。振り向きもせず無我夢中で走った。
ドォンと強烈な日差しが迎え入れてくれた。青空がもう茶けている。
そして、旧寮は完全に崩壊した。ダメ押しのぐしゃあ、が来た。
「うおおおっ!あああぁ!!」
俺とエリファスは抱き合って叫んだ。
瓦礫の下敷きになったオプスの姿が見える。

「うそでしょ。オプス教授!」
「嘘だ、こんなこと」
俺は呆然と立ち尽くした。
黒エルフは長い耳だけを残して梁の下に消えた。かわりに砂が血を吸う。
もう手の施しようがなかった。
旧寮が完全に崩壊してしまってから一時間が経過していた。
「オプス教授、エリファス教授、エリファス教授……ううぅ、うう」

サリーシアがうなだれて泣きじゃくる。

エリファスは「こんなに悲しいのに涙が出てくれないの」と言って、唇を噛み締めている。

俺とサリーシアはその光景を無言で眺めているしかなかった。

その時だ。「うそ、こんなにあっさり」エリファスが呟く。「何が起きたのかわからない」俺達は何が何だかわからず、ただ混乱していた。突然、地面が盛り上がり始めたのだ。土が盛り上がると何かが姿を現した。

巨大な腕だ。腕の先端には爪が付いており、何かを振り下ろした。その衝撃で旧寮の一部が破壊された。「やめろぉ!」俺とサリーシアは咄嵯に防御魔法を展開したが意味はなかった。腕が地面に振り下されただけで旧寮の壁の一部が崩壊し、天井も落ちてきた。旧寮はまるで巨人のおもちゃ箱だ。腕、足、頭部、胴体が次々と現れる。やがて人のようなシルエットが見えてきたが「こいつは……」それは人間の形をしていたが「何だ……この、化け物は……」それは俺が知っている人物ではなかった。頭から血を流して白目を剥いている、まるで死者の群れだった。

「そうか、これが土地の因縁ってやつか」
俺はとっさに【白邪】の呪文を放った。漂白剤を思わせる化学的な色彩。
それが異形どもをさえぎった。一枚板に扁平した頬や鼻先が張り付いている。
「エリファス。」
しかしエリファスはすぐに気づいた。「あなた達は……お父様の会社にいた人たち」エリファスが駆け寄るが「無駄よ、死んだ人たちはもう戻ってこないもの」「どうして……こんなことに……」

サリーシアが涙を流しているうちに巨人が現れた。巨人が手を振ってくる。「まずい!エリファス!」

俺はエリファスを突き飛ばしサリーシアのところまで下がったが、間に合わずにサリーシアの肩に巨人の手がかけられてしまう。

「痛いっ!放せっ」俺は杖を向けようとするが巨人はもう片方の手でそれを押さえつけると、エリファスを掴んだ方の手に力を込めた。「ああっ」というエリファスの叫びとともに骨がきしみ肉の潰れる音が響いた 巨人はそのままエリファスの服を脱がすと彼女の上半身を口にくわえこんだ。

> エリファスは絶叫すると失神した。それをみて俺は焦ったが「エリファスを離せ!」俺は巨人に杖を向けた。

すると今度は俺の方に巨人が襲いかかってきた。

俺は咄嵯に結界を張ろうとしたが間に合わなかった。

巨人が拳をふるうと、俺は殴り飛ばされた。>「大丈夫か?!」

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