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「炎よ、我が敵を撃て」

俺は起き上がると「平気です」と言ったが「お前は下がっていろ」とオプス教授が俺を庇って前に出た。

俺はオプス教授の背中越しに呪文を唱えた。「炎よ、我が敵を撃て」

しかし、火球は巨人にぶつかる前に消えてしまった。

「駄目だ、効かない」俺は悔しさに歯がみした。

「下がってください。私が行きます」

サリーシアが俺の前に出た。「だめだ!危ない」

「でも、このままでは……」

「サリー、やめて!逃げようよ!」

エリファスが叫ぶがサリーシアは首を振ると、詠唱を始めた。

「我は汝に命ずる、この者の動きを止めよ」

すると巨人の身体が一瞬硬直したが、すぐに動き出す。

巨人はサリーシアの方へ向かってきた。

サリーシアは飛び退くと「私は、私は」と言って詠唱を続けた。

すると巨人の身体が徐々に硬化していった。

「今のうちに!」俺達が走り出そうとしたとき、 突如として大地が隆起すると無数の手が生えてきて、俺達の足をつかんだ。

俺達はそのまま空中に持ち上げられ、地面に叩きつけられた。

「エリファス、サリーシア、無事か?」もうもうと土煙が立ち込め、各自の認識にも深い霧がかかっていた。
いわゆるブレインフォグという症状である。
限度をこえる魔力を行使した際に大自然が調和を取り戻そうと懸命にもがく。
その過程でおきる見当識障害だとも短期記憶に干渉して認知をゆがめ、現実を都合よく編集する作用だとも言われている。
ともかく、しばらく全員が立ち眩みや吐き気を催してその場にしゃがみ込んだ。
*

「うっ」俺はうめき声を上げた。全身が痛む。

「大丈夫ですか?」

俺はゆっくり目を開いた。サリーシアが俺の顔を覗き込んでいる。

「ああ、なんとか」俺は立ち上がってあたりを見回した。ここはどこかの建物の中らしい。

「エリファス教授は?」

「あそこにいます」サリーシアが指差す方を見ると、エリファスが倒れていた。

「大丈夫かい?怪我はない?」

俺はエリファスに駆け寄った。

「うん、大丈夫」エリファスはそう言って立ち上がった。そして「オプス教授がいないわ」とつぶやく。

俺とエリファスは顔を見合わせた。「オプス教授はどこに行ったのかな」

「私を助けに来てくれたはずなのに」エリファスは俯いた。

「エリファス教授は僕が探してくるよ」

俺はそう言うと、部屋を出ようとした。

すると、背後で扉が開いた。

「おやおや、これはどうしたことだい」

そこに現れたのはノース教授だった。

「ノース教授!」エリファスが駆け寄り抱きつく。

「お嬢さん、元気そうで何よりだよ」

そう言ってノースはエリファスを抱きしめた。

「先生、オプス教授がいなくなったんです」

「うん、わかっているよ」

「え?」
エリファスがきょとんとする。

「あのね、さっきオプス教授から連絡があったんだよ」

>「どうも、ありがとうございました」「いえ、お気になさらず」<

各自が携帯している翡翠がメッセージを同報している。


「え?」

俺はきょとんとした。「どういうことですか?」

「オプス教授から聞いたんだよ。君たちが旧寮にいるってね」

俺は「オプス教授はどこに?」と尋ねた。

「旧寮の地下に閉じこめられているって」

「地下?」

「うん、オプス教授がいうには、旧寮の地下は巨大な迷宮になっていて、その最深部に地縛霊がいるんだって」


「じゃあ、その幽霊を説得して連れ出せば」

「うん、旧寮を元通りにできると思うんだけど」

「わかりました。俺が行ってみます」

俺はそう言って旧寮に向かった。

旧寮に入るとオプス教授が待っていた。

「おお、来たな。こっちだ」オプス教授は俺の手を引くと、どんどん進んでいった。

そして、階段を下りるとそこには巨大な石造りの部屋が広がっていた。

部屋の中央には大きな祭壇のようなものがあり、その手前には棺桶のような箱が置かれている。

「これが地縛霊の寝床だ」とオプスが言った。

「ええと、それで、どうやって説得すればいいのでしょうか?」

俺は恐る恐る訊いてみた。

「うーん、それがなぁ」

「え?」

「実は、ここから先は行ったことがないんだ」

「えええ?」

「まあ、見ての通り、ここに来ると、どうしても足がすくんでしまうというか、怖いんだよな」

「そんな……」

「だから、頼むぞ」

「ええっ」俺は困ってしまった。

その時だ。突然、壁が吹き飛んだ。

「うわっ」と俺が叫ぶとオプス教授が「うおおっ!」と叫んだ。

「エリファス!サリーシア!」

「エリファス、サリーシア!助けに来たよ!」

壁の向こうからハルシオンとエリファスが飛び出してきた。

「うそ、どうして?」エリファスが驚いている。

「俺が呼んだんだ」と俺は答えた。

「えっ」エリファスは俺を見た。

「エリファス教授が旧寮に閉じ込められたって聞いて、いてもたってもいられなくて」

「うそ……」エリファスは涙を浮かべた。

「エリファス、良かった」ハルシオンがエリファスに抱きついた。

エリファスは「もう、どうしていつもこうなるのよ」と言って笑った。

「よし、これで全員揃ったわけだし、行くとするか」

オプスがそう言うと、「はい」とエリファスが答える。

そしてエリファスは俺の方を向くと「行こう」と言った。

俺達は祭壇に向かって歩き出した。

「この部屋に入るのは初めてですね」「ああ、そうだな」「サリーシアはお姉さんと何を話していたの?」と俺が訊くと「推理です。この事件を仕組んだ真犯人は意外なところにいます」とサリーシアは言った。


「へぇ、どんな風に仕組まれたのかな」
「はい、私はこう考えています。そもそもこの旧寮が建てられた経緯についてですが、実はこの旧寮はもともとは学園の所有物ではありません」「えっ、そうなの?」「はい、ここは元々は王都の貴族の別荘です」
「じゃあ、それを貴族が買い取り、改修したの?」
「いえ、それならば、なぜ、わざわざこのような複雑な設計にしたのか疑問が残るのです」
「うーん、確かにそれはそうだよね」
「そこで、私は考えたのです。もし、改装したのではなく、もともと、こういうデザインの建物であったとすればどうか?例えば増築をしたとか?しかしそれでは建築基準法に違反してしまいます」
俺はちょっと首を傾げたが、すぐに気づいた。
「わかった。わざと古いまま残しておいたんだね」
「はい、つまり、ここが昔、どのような用途で使用されていたかを想像することで、この旧寮の不可解な謎を解くことができるのです。まず、私は当時の建物の設計思想や施工方法について調べました。その結果、ある結論にたどり着きました」
「ふむ」
「当時の建物のデザインはおそらく、現在の旧寮のように天井が高く設計されていました。それこそが建築の基本であるからです。さらに、廊下や部屋の壁は厚い板張りでできており、防音効果が考慮されていました。また、窓も小さくて鎧戸でした。これらの条件から、この建物は舞踏会場か劇場として使用されていたと考えられます」
「うーむ、確かに」
「そして、私が導き出した結論というのは
【差分】
、この建物が元は貴族の別荘では無かったということです」
「うん?」
「つまり、この旧寮はもともと教会だったのではないでしょうか?」
「ええっ」
「私は図書館で資料を漁りました。すると、教会の設計図を見つけたのです。そして、そこから、この建物を『教会』と呼ぶのは間違いだと分かりました。なぜなら、礼拝堂は1階にあって、2階にはなかったからです。そして、この構造から、教会は恐らく3階建て以上の高層建築物だったことが推測できます」
「ほほう」
「そして、教会として使われていた頃は、この階層の床は絨毯が敷かれていたのではないかと思われます。そのため、現在使われている部屋は全て扉と壁を取り払って大きな空間に改造しています。おそらく、ここは教会として造られたのでしょう。そして、その後、なんらかの理由で建物は使用されなくなり、廃墟となった」「な、なるほどね」俺はうなった。
* エリファスが扉を開けると目の前に螺旋階段が現れた。
「ここを降りると地縛霊がいるのかい?」と俺はエリファスに尋ねた。
「うん、地下一階の最奥部に部屋があるみたい」
「ううむ、一体何者なんだろうね」
「さあね」とエリファスが答える。
「ううむ、怖そうだな」
「さあ、行こう」
俺達はゆっくりと階段を降りていった。
階段はらせん状に下っていくため、途中で何回か踊り場で折り返しながらひたすら降りていくのだ。
しばらく進むと、薄暗い階段が終わり、小さな部屋にたどり着いた。
部屋の中央には大きな机が置いてあり、その上には黒い箱が置かれていた。
「これ、何が入っているんだろう?」
俺はそう言って箱に手を伸ばした。「待って!」エリファスがそう言って俺の手を掴んだ。
「え?」
「開けちゃダメ!」
「あ、うん」俺はびっくりして箱を元の位置に戻した。
「うーん、エリファス教授はどうしてダメなのか知っているんですか?」
とサリーシアが質問する。
「うん、これは呪われた遺物だから」
「呪いの……?」俺は驚いた。
「うん、これは古代の魔導師が作り出した装置なの。でも、これは恐ろしい代物で起動すると周囲の人間を巻き込んで死に至ると言われているのよ」
「ええっ」
「これは、きっと、人殺しのための道具よ」
「そんなものが……」
「だから、絶対に触っちゃだめよ」
「わ、わかりました」
「じゃあ、先に進みましょう」
俺達が扉を開けた時だ。突然、ディック氏があらわれた。「オプス。いい加減に猿芝居はやめてくれないか。グルッペから全部聞いたぞ」
「なっ、何を言い出すの?」


「オプス、お前はエリファスと共謀し、ハルシオン君を殺そうとしたんだろ?」
「ち、違うよ。何を言っているの?」
「オプス教授、本当ですか?」とサリーシアが言った。
「サリーシア君まで……」
「オプス教授、私達はあなたの研究が素晴らしいと思っていました」
「ありがとう」オプスが微笑んだ。
「だからこそ研究に協力しようと思っていたのですが」とサリーシアが言う。
「わかっているよ。君は賢い子だ」
「でも、今回の件で確信しました。あなたは自分の目的のために他人を犠牲にするようなことはしない方だ」
「そうよ、私はみんなを助けたいだけなの」とエリファスが言った。
「エリファス、君がこんなことに協力するはずがない。そう思って君の研究室を捜査させてもらったよ。そうしたら、とんでもないことがわかった」

「ええ?」
「君の部屋からは大量の呪術薬物が見つかった。そのどれもが人を死に至らせる毒薬だ。それに、君の引き出しには大量の解呪魔法陣が隠されていた。おそらく、その全てはハルシオン君を殺すために用意したものだ」
「うそよ!私の大切なお友達を傷つけるなんてできないわ」
「いや、その前にまずハルシオン君を殺す必要があったんだ。だって、ハルシオン君がいなければ、エリファスに全ての罪を被せられるじゃないか」
「なっ」
「君がハルシオン君を殺せば、彼の研究は頓挫してしまう。だから、彼を排除したかったんだ」
「オプス教授……」とサリーシアが呟いた。
「オプス教授、もういいです。俺は大丈夫ですから」とハルシオンが言った。
「いや、よくない。ハルシオン君。この男は悪魔のような奴なんだ。騙されてはいけない」
「もういいんですよ。俺はもう」
「いや、しかし」
「教授、今まで、本当に楽しかったです」
「ハルシオン君……」
エリファスは顔を伏せたまま何も言わなかった。
「エリファス、君も何か言ったらどうだい?」とディックが言った。
「ごめんなさい」エリファスはそう言うと顔を上げた。
「もう、私はあなたのそばにいられない」
「エリファス……」
「お願い、もう帰って……」
エリファスはそう言うとスカートのポケットから小瓶を取り出した。そしてグイッと一気飲みした。

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