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第九十話 首都攻略戦(四)

 階段から踊り場に降りてきた、その男はラインハルトを見て、歪んだ笑みを浮かべる。

 オカッパ頭、瓶底眼鏡(びんぞこめがね)、出っ歯で小柄のネズミのような、神経質そうな小男。

 キャスパー男爵。

 キャスパーはラインハルトの傍らにナナイが居る事に気が付くと、態度を豹変させる。

「これはこれは、ルードシュタット侯爵令嬢。小奴らのような賤民(せんみん)の謀反人と、帝国最高位の貴族たるルードシュタット侯爵令嬢の貴女が一緒に居るような事はあってはいけません」

 近付いてくるキャスパーに対して、一歩、一歩とナナイは後退る。

「貴女は、賤民(せんみん)の謀反人どもに騙されているだけです。革命政府には責任を持って、この私が執り成し致します。ささ、どうぞこちらへ。」

 尚もキャスパーはナナイに迫る。

 もし、戦ったなら、基本職の従騎士(スクワイヤ)のキャスパーより、上級職の聖騎士(クルセイダー)であるナナイのほうが遥かに強い。

 しかし、生理的嫌悪感からナナイの全身に悪寒が走り、ナナイはラインハルトの後ろに隠れる。

 女性がゲジゲジや毛虫から逃げるのと同じ心理だろう。

「そこまでだ」

 そう言うと、ラインハルトはキャスパーの前に立ち塞がった。

 目の前に立ち塞がるラインハルトをキャスパーはわなわなと震えながら睨み付ける。

「・・・貴様だ。貴様さえ居なければ・・・」

 そう言い放つと、キャスパーはラインハルトを指差して狂ったように叫ぶ。

「貴様さえ居なければ、侯爵令嬢を伴っていたのは、この私だった!」 

「貴様さえ居なければ、士官学校を仕切っていたのは、この私だった!」

「貴様さえ居なければ、革命軍の英雄になっていたのは、この私だった!」

「貴様さえ居なければ、緋色の肩章(レッドショルダー)を授与されたのは、この私だった!」

「貴様さえ居なければ、帝国貴族たるこの私が、ここまで生き恥を晒すことも無かった!」

「貴様さえ! 貴様さえ! 貴様さえ、居なければ!!」

 キャスパーの叫びを聞いたハリッシュが呆れて呟く。

「大した思い込みですね」

 ハリッシュの呟きにケニーもやれやれといった風に掌を上に両手を広げてみせる。

 キャスパーは剣を抜いてラインハルトに向けると、口を開いた。

「帝国貴族として貴様に『一騎打ち』を申し込む! もちろん、受けるだろうな?」

 ラインハルトは呆れたように答える。

「良いだろう」

 ハリッシュがナナイに話し掛ける。

「彼らは八対一でも素手のラインハルトに勝てなかったのに、よく一対一で戦う気になりますよね。貴女も下がって見ていましょう」





 踊り場の中央でラインハルトとキャスパーが対峙する。

 抜剣して構えるキャスパーにラインハルトは剣も抜かずに立っていた。

 キャスパーがラインハルトに話し掛ける。

「抜け!」

 ラインハルトが答える。

「必要無いだろ?」

 キャスパーは怒ってラインハルトに斬り掛かる。

「どこまでも、舐めおってぇ!! 地べたに這いつくばらせてやる!!」

 キャスパーの上段からの大振りの一撃をラインハルトは身を躱して避ける。

 そして、ラインハルトはキャスパーの顔面に正拳を叩き込んだ。

 鈍い音と共にキャスパーの鼻が潰れ、鼻血が吹き出る。

「ぐはぁあああ」

 それを見ていたケニーが吹き出す。

「プッ・・・元祖鼻血ブー男爵」

 ケニーの言葉を聞いたハリッシュとナナイもクスクスと笑い出す。

 






 一対一の『果し合い』は小一時間続いた。

 キャスパーの攻撃は、ラインハルトには一回も当たらず、かすりさえしなかった。

 一方的にラインハルトに叩きのめされ、床に這いつくばっていたのはキャスパーだった。

 キャスパーは鼻血を流しながらも、ずるずると床を這いつくばり、ラインハルトの足に掴み掛かる。

「貴様に・・・侯爵令嬢は渡さん。・・・渡さん。・・・渡さんぞぉ~」

 ラインハルトはキャスパーの頭を蹴り飛ばすと、苦笑いしながらナナイに目配せする。

 ナナイはラインハルトの傍らに来ると、ラインハルトの首に両腕を回してキスする。

 二人がキスする様子をキャスパーは、床に這いつくばりながら見上げ、睨みつけていた。

 ナナイはしゃがんで床に這いつくばるキャスパーに話し掛ける。

「私は彼のものだから、諦めてね」

 キャスパーがナナイに言い返す。

「貴女は奴に・・・賤民(せんみん)の彼奴に騙されているんだ・・・」

 ナナイはキャスパーに悪戯っぽく告げる。

「もう私のお腹には、彼の子供が居るの。だから私の事は諦めて。さようなら」

 ナナイの言葉にラインハルトも驚くが、ナナイはラインハルトの方を振り向くと、片目を瞑って舌を出して見せた。 

 ナナイはキャスパーから離れ、ラインハルトの傍らに戻る。

「そ、そんな・・・・・・」

 ナナイからの言葉に絶望したキャスパーは床に顔を伏せると号泣しだした。


 



 その様子を見ていたハリッシュが呟く。

「勝負ありですね」

 ハリッシュの言葉にケニーは肩をすくめて答える。

 ハリッシュがバジリスク小隊の他のメンバーに告げる。

「勝負は決まりました。革命政府が倒れるのも時間の問題です。あなた方も身の振り方を考えたほうが良いでしょう。私達は先を急ぐので、これで失礼します」

 ラインハルト、ナナイ、ハリッシュ、ケニーの四人は、階段で立ち尽くすバジリスク小隊の脇を通り抜けて階段を登ると、上の階へ向かった。

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