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第四話 寮、補給処、医務室

--夕方。

 軍用列車は士官学校の専用ホームに到着した。

 乗り込んでいた士官候補生たちが続々とホームに降りてくる。

 ラインハルト、ティナ、ハリッシュ、クリシュナの4人は、同じ客室で知り合ったこともあり、4人でホームに固まって周囲を見回す。

「学校の敷地の中に、鉄道の駅があるのですね」

 ハリッシュが感心したように感想を述べる。

 ラインハルトも周囲を見回した。

「士官学校というより、基地や駐屯地のような造りになっているみたいだ」

 校舎と、それ以外にも複数ある建物。広大な敷地を取り囲む鉄柵。
 
「突っ立っていても、しょうがないじゃん。着いたら寮に行くように言われているから、早く寮に行きましょ」

「そうね」

 ティナが列車の旅に疲れたと言わんばかりに声を上げると、クリシュナも同意見のようだった。

 軍用列車の先頭の方の客車からは、貴族たちが馬車に乗り換えている。

 ナナイはパーシヴァルに荷物を馬車に移してもらい、自分も馬車に乗り込んでいた。

 士官学校の寮の敷地は、貴族の子弟が居住する「貴族居住地区」と「平民居住地区」に分かれていた。

 これは帝国時代からの名残だが、授業は貴族も平民も一緒に行われるようだった。

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 ラインハルトたちは寮に到着する。

 寮は2階建ての建物を2棟で繋げた大きな建物であった。

 部屋は全て個室であり、4部屋で1棟。2棟で一つの寮になっていた。

 大きな食堂があり、会議などにも使用できる広さがあった。

 食堂に行くとラインハルト、ティナ、ハリッシュ、クリシュナの他に、初めて見る一組の男女に出会う。

「初めまして。ケニーといいます。こっちの女の子はヒナ」

「ヒナです。よろしく」

 互いに自己紹介した後、寮の管理人から入寮に際して、いろいろと教えられた。

 8人に対して1つの寮が割り当てられているのは、1個小隊の人員編成が8人だからとのこと。

 食事は週毎に寮生が交代で行う当番制で、食材も補給処で入手すること。

 補給処では食料品の他に様々な物品を購入できることなどなど、多岐に渡った。

 ラインハルトが自分の部屋に入ろうとすると、隣の部屋に入ろうとする者と目があう。

 やさぐれた感じの男はラインハルトに挨拶してきた。

「お隣さんか? オレはジカイラ。よろしくな」

「僕はラインハルト。よろしく」

 ラインハルトは部屋に荷物を置くと食堂に戻る。

 既に他の3人はラインハルトより先に食堂に戻っていた。

 ティナがラインハルトに尋ねてくる。

「今週は私達が食事当番なのよね。夕食の材料の買い出しに行かなきゃ。御飯のおかず、何がいい??」

「予算で何が買えるかだな。補給処に行ってみて、値段を確認しないと」

「そうだね」

 ラインハルトとティナの会話を聞いていたハリッシュが割り込んでくる。

「折角ですから、私達4人で補給処に買い出しに行きましょう。私も周辺地理に暗いですし。きっと何かお手伝いできると思います」

「そうね。みんなで行きましょ」

クリシュナは皆で出掛けるのが楽しそうだった。






 4人が補給処に到着すると、補給処の前には人だかりができていた。

 騒がしい野次馬を掻き分けると、貴族の子弟の8人にジカイラ、ケニー、ヒナの3人が襲われていた。

 オカッパ頭、瓶底眼鏡(びんぞこめがね)、出っ歯で小柄のネズミのような、神経質そうな小男が貴族の子弟達のリーダー格のようであった。

 その男が言い放つ。

「帝国貴族より先に買い物しようなんて、賤民(せんみん)の分際で! 身の程を知れ!!」

 後ろからヒナの腕を捕まえ、()じ上げている人相の悪い男は、ニヤけながら言う。

「何なら、この女の体で(あがな)ってくれても良いんだぜ?」

 男はそう言うと、左手でヒナの胸を(まさぐ)る。

「んん? 見た目より大きいな。」

「やめて!」

 8人から激しく暴行を受け、床に(うずくま)っていたジカイラが止めようとする。

「よせ・・・やめろ・・・」

 そう言った瞬間、ジカイラはリーダー格の男に蹴られた。

「やめなさい!」

 一喝する声と共にナナイが野次馬の人混みからリーダー格の男の前に歩み出る。

 リーダー格の男は、目の前に歩み出て来たナナイに向かって口を開く。

「これはこれは。ルードシュタット侯爵令嬢。お初にお目にかかる。お会いできて光栄の極み。私はキャスパー・ヨーイチ男爵と申します。こちらはハルフォード子爵。」

 人相の悪い男をナナイに紹介すると、キャスパー男爵は胸に手を当て、(うやうや)しくナナイに一礼した。

 キャスパー男爵家は、暴力革命が勃発した際にいち早く革命側に寝返り、キャスパー男爵自身は『革命政府の覚えめでたい貴族』として、貴族子弟の中でボス気取りであった。

「帝国最高位の貴族たるルードシュタット侯爵令嬢が、こんな賤民(せんみん)どもの後ろに並ぶ必要はございません。ささ、どうぞこちらへ」

 キャスパー男爵は、そう言うとナナイの腕を掴み、強引に自分の元へ引き寄せようとする。

 キャスパー男爵への生理的嫌悪感からナナイの全身に悪寒が走る。

「無礼者!!」

 ナナイはそう叫ぶと、反射的に(つか)まれていた腕を振りほどき、思いっきりキャスパー男爵の顔面へ平手打ちを食らわせる。

 乾いた音と共にネズミ顔の神経質そうな小男は、後ろへ吹っ飛んで倒れた。

 ビンタ一発の見事な一撃ノックアウトであった。

「おい! お前ら! キャスパー男爵を起こせ!!」

 ハルフォード子爵は、周囲の取り巻き達に命令する。

 取り巻き達によってキャスパー男爵が抱き起こされ、気を取り戻した。

「下手に出ればツケ上がりやがって!」

 ハルフォード子爵は、捕まえていたヒナを離すとナナイに掴みかかる。

 ナナイの右手首と胸ぐらを掴んだハルフォード子爵は、ナナイの顔に自分の顔を近づけて呟く。

人目(ひとめ)があろうと関係ねぇ。ひん()いてやる!」

 ナナイは、ハルフォード子爵をキッと(にら)み付ける。

 ラインハルトの(かたわ)らにいたティナは、ラインハルトが強烈な殺気を放ち、激怒していることを察知した。

「ちょっと! あなたたち! 女の子一人に大勢で何やってんの!! 恥ずかしいと思わないの!!」

 ティナはそう大声で叫ぶと、ラインハルトの後ろに素早く隠れる。

 ラインハルトが後ろのティナを振り返ると、ティナはニコッと笑ってガッツポーズをする。

「やっちまえ! お兄ちゃん!!」

 ティナの目が全てを物語っていた。




「ハリッシュ、あなたも行きなさいよ!」

「私は、争い事は苦手なんですよ」

 クリシュナは、動かないハリッシュの傍から離れてティナのもとへ駆け寄った。

「ちょっと! 相手は8人よ!? ラインハルトさん、一人で大丈夫??」

「大・丈・夫。」

 そう言うと、ティナはクシャナに向かって笑顔をみせた。




 ラインハルトは、キャスパー男爵の前に歩み出るとキャスパー男爵に告げる。

「失せろ」

「なんだと! 賤民(せんみん)の分際で!」

 激昂したキャスパー男爵がラインハルトに殴り掛かろうとした瞬間、ラインハルトは頭突きを食らわせた。

 鈍い音と共にキャスパー男爵の鼻は潰れ、鼻血が吹き出す。

 キャスパー男爵は、自分の鼻を押さえて屈み込む。

 ラインハルトは、キャスパー男爵の取り巻きの二人のうち、右側の男の急所を蹴り上げ、拳を握ると左側の男の喉笛を突く。

 取り巻きは二人共、嗚咽(おえつ)を漏らしながら屈み込み、動けなくなった。

 ラインハルトは、ナナイのもとへ駆け寄ると、ハルフォード子爵に向けて回し蹴りを放つ。

 ナナイを捕まえていたハルフォード子爵は、周囲の様子が変わった事に気が付いた。

「なんだぁ?」

 ハルフォード子爵が、ナナイからキャスパー男爵のほうへ振り向いた瞬間、ラインハルトの回し蹴りがハルフォード子爵の側頭部に直撃。

 ナナイは、白目を剝いて倒れ込むハルフォード子爵の手を振りほどきながら、後退(あとずさ)り、成り行きを見守る。

 ラインハルトは、鼻血を流しながら鼻を押さえて(うずくま)るキャスパー男爵を蹴り倒す。

 キャスパー男爵は、潰れたカエルのような体勢で、この場から逃げ出そうと床の上を這いずり回る。

 ラインハルトは、キャスパー男爵の頭を踏みつける。

 他の取り巻き連中は、ラインハルトに圧倒され動けなかった。

 ナナイは、ラインハルトの(かたわ)らに来ると、掴まれていた右手首を擦りながら、長身のラインハルトの顔を見上げて懇願する。

「もう、その辺にしてあげて。お願い」

「君さえ良ければ」

 ラインハルトが足を離すと、キャスパー男爵は床を這いずりながら一目散に逃げ出した。

 ハルフォード子爵は、白目を剥いたまま、取り巻き連中に引きずられていった。





 野次馬たちから歓声が湧く。

 ティナ、ハリッシュ、クリシュナがラインハルト達のもとへ駆け寄ってきた。

 ハリッシュとクリシュナは、襲われていたジカイラとケニーを介護する。

「クソッ。後ろからいきなり襲いかかって来やがって・・・。サシだったら、あんな連中どうってこと無いんだが・・・」

 ジカイラは、殴られて切れた唇から流れる血を手の甲で拭っていた。

「すみません、助かりました」

 ケニーは、ヒナとクリシュナに制服に付いた(ほこり)を払って貰っていた。

 ハリッシュがヒナに尋ねた。

「ヒナさん、大丈夫ですか?」

「ええ。私は胸を触られただけだったから」

 ヒナの返事を聞いたティナが(いきどお)る。

「アイツら、女の敵ね!」

 ティナがナナイの右手首を調べると、ハルフォード子爵に掴まれた部分に爪で引っ掻いた(あと)があり、そこから血が出ていた。

「ナナイさん、大丈夫? ・・・って、血が出てる! ケガしているじゃない!?」

「大丈夫よ。これくらい」

「ダメよ! 一緒に医務室に行きましょ」

 ティナは、ナナイを連れて医務室へ向かって行った。





 医務室に着いたナナイは軍医に事情を説明して回復魔法を掛けて貰う。

 手首の傷は綺麗に消えて無くなった。

 ナナイは、傷があった箇所を撫でて確認する。

 ティナがナナイの手を眺める。

「ナナイさんの手、ほんとキレイねー。家事とか、してるの?」

「私は・・・何もできないから。お料理と刺繍なら少し。」

 ナナイは、少し寂しげな表情で自分の手の指先を見つめる。

 白く細長い指に、薄いパールピンクのネイル。

 労働をしたことが無い手と指先に「自分は貴族なのだ」という事を再認識させられる。

「ナナイさん、お料理するんだ?」

「お菓子くらいだけど」

 ティナは、ニコッと笑うとナナイを夕食に誘った。

「ねぇ。これから寮に遊びに来ない? 晩ごはん皆で食べましょ。それにナナイさんに相談したいこともあるし」

しおり