第七十三話 不死王の戯れ
--少し時間を戻した ヴァレンシュテット帝国領 南部の地下深く。
天井から魔法の青白い光を照らし出す、いくつものシャンデリアが吊るされた荘厳な白亜の霊廟に燕尾服の女が歩く足音が響く。
霊廟の中央奥には白い大理石の棺が安置されており、真紅のイブニングドレスを着ている美しい女が棺の隣に座って棺にもたれ掛かっていた。
ヴァレンシュテット帝国 南部方面軍 総司令 兼 不死兵団長 エリシス・クロフォード伯爵。
髪はウェーブの掛かった赤毛だが、肌は透き通るように白く、もたれ掛かった棺の上に両手を置き頬を付け、目を閉じて佇んでいる。
エリシスはバレンシュテット大帝を深く愛したが、大帝が妻に選んだのはエリシスではなく、自らの望む物を与えてくれた女性であった。
エリシスは、『あの人の剣となり、盾となって、あの人の傍らに居る。あの人の子孫を見守る』と誓いを立てた。
そして、神の理に背き、人を捨て、禁断の邪法を用いて
大帝が亡くなってからも、七百年以上、帝室の地下墳墓で大帝の棺の傍らに居た。
燕尾服の女はエリシスの女の方へ歩いていく。
燕尾服の女は、エリシスのエリシスの副官 兼 執事のリリー・マルレー。
理知的なプラチナブロンドの美しい
エリシスが瞼を開け、口を開く。
「リリー。私の幸せなひとときを邪魔しないでくれる?」
リリーはエリシスに答えた。
「エリシス。貴女の答えはいつも同じですね」
「変わらないわ。七百年。あの時から何も」
「また、フクロウ便が持って来ました。貴女に手紙です」
「珍しい事もあるわね。短い間に二通目の手紙が来るなんて」
そう言うとエリシスはリリーから羊皮紙の巻物を受け取り、封印を切って手紙に目を通した。
「あら? 救出依頼だわ」
リリーは怪訝な顔をする。
「救出依頼?」
「ヨーイチ男爵家から『
「で? どうされるおつもりです?」
「帝国貴族からの依頼となると、無下に出来ないわね」
乗り気なエリシスに対して、リリーは乗り気ではなかった。
「しかし、エリシス。
エリシスは、少し考える素振りを見せる。
「確かにそうかも知れないわね。・・・そうだ、良いこと思いついた」
「何ですか?」
「今度、イケメンさん達とルードシュテットの迎賓館でデートの約束しているから、
リリーは露骨に嫌な顔をする。
「
誇り高い高貴な
エリシスは楽しそうに話す。
「そうよ! コートはアニマル柄が良いかしら? それとも、黒の牛革が良いかしら? ウフフ」
こうなると、主人であるエリシスは、もう諫言など聞き入れない事を七百年を越える付き合いからリリーは理解していた。
「軍服を用意して頂戴! 貴方も一緒に行きましょう! 久しぶりに『狩り』を楽しみたい気分よ!!」
リリーはため息交じりに答える。
「判りました」
エリシスは真紅のイブニングドレスを脱ぎ、軍服に着替える。
傍らでは、リリーも燕尾服から軍服に着替えていた。
二人の美女は、どちらも豊かな肢体を露にしたところで、微塵も躊躇いなど無かった。
ヴァレンシュテット帝国軍の軍服は真っ黒なブレザータイプであり、エリシスとリリーは将校用のものを着用した。
通常は、白いシャツにネクタイを着用するのだが、エリシスとリリーは胸元が大きく開き、谷間が見える開襟シャツにしている。
スボンは、騎兵が着用するような太腿の位置が幅広い形状になっており、軍靴は膝まであるものであった。
二人は最後に白い手袋を着用する。
エリシスは上機嫌であった。
「ふふふ。二人で『狩り』に出掛けるなんて、久しぶりね!」
しょうがないといった感じでリリーが答える。
「そうですね」
リリーが準備出来たところを見計らって、エリシスは何もない室内に手をかざして魔法を唱える。
「行くわよ!
エリシスの掌の先の空中に『転移門』が現れる。
エリシス、そしてリリーの順番に二人は転移門を通って行った。